本棚3

□普及用公Bちゃん
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 中学二年生の始業式が終わって一週間たって、ようやく桜も咲き始めた。僕たちの町は、日本地図で見ても北寄りだからテレビで見る桜の開花ニュースよりは遅めだ。その分、休みの落ち着いた頃にお花見が出来ると言う利点はあるけど、卒業式や入学式に桜が咲いていると言うのはイメージがよくできない。
「おい、公一!」
 振り返り僕を呼ぶのは、この一年ですっかり親友にまでなった同級生だ。彼の本名は、色々な事件を引き起こしたり、巻き込まれたりして、恨みを買っているかもしれないから公表はできない。代わりに、僕は彼の事をイニュシャルで表記する。僕から、彼に危害が及ばない様に。
 というのも、本当に彼は僕の想像を遙かに超える行動をするんだ。ケイパーと呼ぶ行為も、犯罪すれすれのものもあれば、見つかれば確実に罪に問われる様な事もある。そんな彼をただの少年というには語弊があるような気がして、僕はしばしば彼を魔少年と呼ぶ。実際に口に出した事はほとんどないけど、その悪魔的な思考をした彼から、僕はどうしても離れる事ができない。
 最初は、心配だったからだ。それが少しずつ、興味に変わって、一緒にいるのが当たり前になって、特別な気持ちになるのに時間はかからなかった。
 ビーティーというイニシャルの友人は、笑うと邪気が薄くなって、極普通の少年にしか見えないんだ。そういう表情が、僕の前でしかしないのに気付いてしまえば、歯止めが利かなくなった。そうして、勢いで言ってしまったのだけど結果は悪い事は何もなかった。
 僕もだよ、と言って軽々と僕のファーストキスを奪ってきた彼と、僕はお付き合いというのをしている。
 外国では同姓同士での結婚式もあるって話だけど、日本では偏見も強い。僕も、親友である彼に恋愛感情を抱くなんておかしんじゃないかと思った。だから誰にも言えていないし、これからも言えない。両親にとかも、まだわからない。
 そういう難しい事を口にすれば、ビーティーはいいじゃないか、今が楽しければと言うのだから敵わないなと思う。どうしても駄目なら、二人で海外に行こうねというビーティーは、どこまでも軽やかだ。
 なんだかいつのまにかどこかに居なくなってしまいそうな軽やかさだ。
 桜の木の下で待つビーティーは、ニコニコと僕を待っている。ちょうど散り始めた満開の桜は、風が吹くたびに花吹雪で視界をけぶらせる。
 なんだか、マジックショーで見る煙幕みたいだった。
 大量の紙吹雪みたいだ。
 煙幕や紙吹雪で視界が覆いかぶされると、次の瞬間には、舞台にいた人は消えてしまうんだ。
「ビーティー…!」
 僕は、手を伸ばして、手を掴む。
 大きさの変わらない、少年の手だ。演劇部であまり陽に焼けていない彼の手は、ロードワークに出かけるバスケ部の僕と違って色白に思える。
「?どうした、公一」
「は…はぁっ……」
 いつのまにか走り出していた僕は、荒い呼吸のままビーティーを見つめる。よかった、追いついた。どこにも行かなかった。
「公一?」
「えっと…なんか…どっか行っちゃいそうだって、思って…」
「どっかって?もしかして、桜に攫われちゃう、とか?少女漫画でも読んだのかい公一」
「わ、笑わないでよ…!」
 口にすると、思ったよりも馬鹿みたいだったけど、僕にとってはそんなに笑い事じゃないんだよ。
 マジックが好きな君を見ていると、君は舞台の上にいるマジシャンで、僕はそれを見つめる観客に思えてしまう。
 煙幕に飲まれて消えた君が、僕の前に姿を現してくれるかはわからないんだ。観客の僕にはタネもわからないんだから、全部君次第なんだもの。
「…勝手にどっか、行かないでね」
「いかないよ、どこにも」
 手を繋いだまま、僕たちはどこまでいけるんだろうね、ビーティー。






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