本棚3

□三部のアニメを見ながらイチャイチャするだけの話
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唐突だが、三部のアニメーションというのを見ることになった。
 メタ発言だとか、倒錯的だとかいうのはこの際おいておく。そもそも、石仮面だとか吸血鬼だとかゾンビだとか波紋だとかがある方がよっぽどおかしいんだ。それに比べたら、百年後の自分の事をこの小さな四角い箱で眺められるのも不思議じゃない。
 ソファーに座ったまま眺めるテレビという物は、忙しなくカラフルな絵を映し出している。映写機があるわけでもないのに、動画が映されているという事は不思議で、人間というのはこんなにも進歩が出来るのかと感心するほどだった。たった百年、されど百年。
「はい」
 ひょう、と後ろからコップを目の前に差し出された。マグカップを受け取って、首を上げる様にして振り返ればソファー越しにジョジョが見下ろしている。一瞬、目が合う。極普通、当たり前の顔をしていたジョジョが、目があった瞬間とろりと目元を蕩けさせて笑う。
 あ、キスされるなと思った。
 そういう時の顔だったからだ。
 首元を晒すようにのけ反って、くいと首を伸ばせばジョジョとの距離が近づく。腰をかがめたジョジョが目を閉じるのに合わせて目を閉じれば、一瞬呼吸を止めるキスが落ちてくる。
「ん」
「ふ…ん……」
「…ミルクティーでよかった?」
「ん、ちゃんとダージリンで淹れただろうな」
「もちろんだよ。あ、そろそろ時間だね」
 時計を見上げたジョジョは、ようやく隣に座る。
 ソファーは大柄な俺達が並んで座っても問題ない一級品だ。皮張りのソファーは柔らかく沈んで体重を受け止める。二人合わせて二百キロ弱になる体重でも、壊れる様な雰囲気は無い。アンティーク調だというのに、これも随分と壊れにくい物が作られているんだな。
 ジョジョは楽しそうに、にこにこと画面を見つめている。四人掛けのソファーだが、大柄なジョジョと俺が座ると距離はほとんどゼロになる。簡単に触れられるし、パーソナルスペースなんて考えはない。それでも、嫌じゃないと思えるようになってしまったのは、全部全部、終わっているからなんだろうか。
 海の音がして、ようやく画面に眼を向ければ、夕日が流れ始める。キラキラ反射する海は、ああ確かに自分が沈み、そこからまた生まれた海であると思った。
 棺が引き上げられるシーンで、この時自分は何をしていただろうか。棺の外の騒音に、顔をしかめて目を覚ました頃だっただろうか。
「すごいね…あんなに酷い爆発だったと思ったのに。本当に無傷じゃないか」
「当然だ」
「でも、なんで棺に名前彫ったの?」
「さあ…なんだったか…もはや覚えていないさ。大方、自分の存在を誇示させたかったんだろうな。今見れば、わざわざ痕跡を残す様な真似をしなければ、ジョセフに見つからなかったかもな」
「どうかな、あの子は結構策略家だよ。僕と似ていないでね」
「本当にな。最後の時、あいつハーミットパープルに波紋流してガードしてたんだぞ。お前じゃ絶対に考えられん」
 場面は変わって、ジョセフの娘のホリィが出てくる。
 思えば、ジョースター家には女がいなかった。ジョジョの母は死んでいたし、女兄弟もいない。そのためか、ホリィというジョースターの母親を見るのは新鮮さが合った。
 しかし、どう考えてもジョースターの女というには少しばかり落ち着きと品性が足りない様に思える。これで高校生の息子がいるのだから不思議だ。
「あー…確かにそういうのも効果あったかもね…僕にはスタンドなかったから、身体に蔦を巻きつけて波紋を流せばできたかな?」
「確かめるか?」
「後でね。彼女が、僕たちのひ孫になるんだね」
「……僕たち?」
「だって、僕等は兄弟だもの。あ、そうか。だから、ディオにとっては兄弟のひ孫だから…えーっと…姪になるのかな?」
「ふ…ああ、そうだった。僕たち、兄弟だったな。キスもセックスもしてるせいか、すっかり忘れていたよ」
「そういう時はさぁ…恋人って言えばいいじゃない」
「そうだったな」
 怒鳴る声と共に承太郎が現れて、その姿に溜息を吐く。
 この男がいなければ、頂点は容易かった。そう確信をするほど、承太郎という男は予想外であった。
 いや、違う。その前からだ。この、隣で子孫の姿をにこやかに、嬉しそうに眺めているこの男がいなければ、全ては思いのままであった事だろう。
 しかし、ジョジョがいなければ煮えくり返るあの激情を知ることはなかった。あの時に感じた衝動、あの時に感じた充足感が得られたかといえば、それは難しかっただろう。
 結果、兄弟でもなく親友でもなく、恋人なんていうおかしな関係に落ち着いてしまったのも、悪くは無いんだ。最も欲しいと思った存在を手に入れる事ができた。
「凄いな…アヴドゥルさんの服は民族衣装なんだろうか?エジプトはまだ発掘に行った事ないんだよ。是非とも会えないかな…」
「…エジプトはどこもかしこも、貴様の好きそうな物ばかりだったな」
「そうなんだ!もしかして、エジプトに居たのって僕の為?」
「冗談はそれぐらいにしろ」
「あはは、だよね。うわ、凄いなぁ…でも、火傷してないなんて…不思議だなぁ。波紋も不思議だけど、スタンドももっと不思議だよね。精神の在り方が関わるって事は、望めば何でも出来ることと同義だと思うんだけど、どう思う?」
「…議論ばかり好きなのはどんなに経っても変わらないな」
「あ、ごめん。うるさかった?」
「……言葉よりも欲しい物があるんだ。たとえば…熱、とか?」
「…そうだね、今の君は吸血鬼でもないし、僕は波紋が使えるわけじゃない。ただの恋人同士だったね」
 言葉は最低限だったのに、ジョジョは明確に意図を拾い上げた。
 身体が近づいて、膝が当たる。マグカップをローテーブルに置けば、手の平を握られる。中途半端に移動したせいか、居心地が悪くなった。体勢を直すのも面倒だから、そのままジョジョの身体に寄りかかる。
 テレビでは、ジョセフがハーミットパープルで念写をしている所だ。なるほど、見られた感覚はこういう事だったか。写真でだったから、ほんの一瞬見られた感覚だったんだろうな。
「少し…瞳が変わった?僕が見た時、君の目は真っ赤だったように思えた」
「そうだったか?」
「そうだったよ」
「鏡を見ても姿が映らないんだ。吸血鬼だからな」
「……本当?」
「冗談だよ」
 一瞬、本気で信じたジョジョに笑いたくなる。そんなわけないだろう。吸血鬼なんて、伝承の類はファンタジーだ。
 しかし、一概にファンタジーとは言い切れなくなってしまったのは、俺にとっては誤算ばかりだ。ジョジョと義兄弟で仲良しごっこをした七年間も、こうして手を繋いで団らんすることだって、何もかもが誤算だ。
 ようやく俺の姿が現れると、記憶は埃っぽく乾いた空気を思い起こさせる。よく覚えていない様な、それでいて懐かしいような不思議な感覚だ。
 隣にいるのがジョジョなせいか、それとも身体がちゃんと自分の物だからなのか。
「ああ、ほんとだ…でも、僕の身体って言うけど傷とか結構消えているのかな?背中に、しょっちゅうひっかき傷が出来たから、痕があったような気がしたんだけどなぁ」
「そんなのいつまでも付けておけるわけないだろう。まるで俺が色狂いみたいじゃないか」
「いや、母親違う子供を四人も作ってるじゃないか君……」
「…まあ、それもあれだ。今の俺達に関係ない」
「君がそういうなら、まあいいんだけどさ。僕も、君の身体の方がずっと綺麗だと思うし」
「当然だ」
「ようやく決着がつくんだね、僕たちの」
「それももう、昔の話だ……今出来る事があるだろう、ジョジョ」
 腹が立つことに少しばかり上になる首筋に顔を寄せて、唇を寄せれば薄い皮膚の下で血が流れているのを感じる。
 この血に惹かれて、逃れられなくなっていたのは俺もジョジョも同じだ。
「んっ…せっかく、君がでてるのに…」
「なんだ、あっちの方がいいのか?」
「いいや、君の方がいい」
「ん、ぅ…ふ、…あぁ…」
 肩に乗せた顔に、近寄ってくる顔を触れる直前まで見つめる。キスをするのと、目を閉じるのはほとんど同時だ。
 ゆっくりと体重をかけて押し返されると、背中がソファーにつくのに時間はかからなかった。
「熱をくれるのかい?さすが、持ってる奴は違うな」
「君に奪われている様なものだよ」
 触れるだけのキスは簡単に深く落ちてきて、身体の奥にある熱が体表に引きずり出される。
 耳の奥では海の底で水ほうが生まれては弾ける音がかすかに聴こえていた。この音は、二人でサマーバケーションに行った海の音なのか、それともお前の身体を抱きしめて眠った百年の海の音なのか、かりそめのテレビから流れる音なのか。
 判別はできないけれど、俺を呼ぶ声が明瞭だからなんでもいい。
「好きだ、ディオ」
「ああ…」
 俺もだ、と言う言葉は言えないから、今度は俺から深いキスをけしかけてやるのだ。
 





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