本棚3

□ラナケリアの花びらに埋もれて
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最近、高尾の様子がどうにもおかしい。
妙にテンションが高くて、余計な事を口にしたり、余計な行動をして怒られたりするのはさして変わらずいつも通りなのだが、どこかおかしい。
テーピングを巻いていると視線を感じたので顔を上げて高尾を見れば、ごく自然に目を逸らされた。
他人が見たら気が付かないであろう、本当に些細な挙動ではあるのだけど、それは明らかだった。
確信があった。
それだけで済めば、何か言いたい事があるんだろうがここではない言えない事があるのか、目があったのが気まずくなったのかという事であると推測が出来る。
しかし、どうにも妙だ。
不用意に手が触れることがあると、大げさに身体を揺らして驚いてしまいそうになるのを必死に耐える様に見上げてくるし、少しばかりいつもとは違うトーンで名前を呼ぶと顔にこそ出さないけれど耳は真っ赤だ。
恋人であるから、キスの一つや二つもしているのに、ここ最近はほとんどそういう事をしたがらない。
俺の方からする事は少なく、基本的にキスをしたり、手をつないだりと言う世間一般で言われる恋人らしい事のほとんどは高尾から行われる。
決して俺が恥ずかしがっていると言うわけではなく、高尾からの方が早いと言うだけだ。
俺がしたいと思った時に、まるでそれを読んだように高尾からキスをするし、好きだと言うし、手を繋ぐ。
それだというのに、ここ最近はそれらが全くと言っていいほどない。
俺の方から仕掛けても、のらりくらりとかわされた。
明らかに、おかしかった。

「………」

風呂を終わらせて、自室で一通りの予習を終わらせてから、携帯を開く。
メールの作成画面を開いて、そろそろ十分は経つだろうと思うが、文面は真っ白だ。
貴様、最近おかしいぞ。
と、言ってしまえばそれまでなのだが、それでは高尾に丸めこまれる可能性が高い。
あいつは馬鹿で物を考えていない様な口ぶりだが、その実心理戦が得意だ。
体面競技であるバスケットにおいて、その駆け引きはとても大きな武器であり、勝利を手に取る技術の一つであると思う。
駆け引きも技術が伴わなくては上手く機能しないから、高尾はやはり、優秀な男だ。
しかし、それをわざわざ恋人にまで発揮する必要があるのかと問えば勿論答えはノーだ。
何を隠す必要があるんだ。
馬鹿馬鹿しい。
恋人であるならば、やましい事がないのならば隠し事など必要ないだろう。

「…やましい……」

はたと、水に水滴が落ちるような感触が胸の内でした。
波も立っていない水に落ちた水滴は、ふよふよと波紋を作って、さざ波を起こす。
高尾は何か、俺に隠さねばならないやましい事をしているのではないかという、可能性に気付いてしまった。
しかし同時に、それはあり得ない事だと笑う自分もいた。
あの高尾がよもや、浮気をしているとでも。

「あり得ない」

口に出してみるが、それはあまりにも便りが無さ過ぎた。
お世辞にも自分の性格は、聖人君子とは言えないし、我が強いが故に多少我儘な気性である事も理解している。
そんな男に、愛想を尽かさない恋人がいる確率とは、一体何パーセントだというのだろうか。
ひいき目に考えても確率は奇特な数字であるように思えた。
どうにもままならない。
今日はもう高尾に連絡をしてみるのは諦めることにした。
どうせ、明日は練習もない土曜日で高尾は家にやってくるのだ。
その時にでも問いただしてしまえばいい。
携帯を閉じて充電器に差し込み、あり得ないと言い切れない自分を殺して、深く眠りについた。


***


「うぃーっす、おっじゃまっしまーす」

うひょー真ちゃんちやっぱひれーなー、だ。
高尾がやってきて部屋に入ってきての第一声がそれだ。
確かに、一方的に問うてみようと思って身構えているのは俺だ。
俺ばかりが高尾の挙動に不信感を持っている。
だからといって、高尾の態度も様子も、いつも通りにしか見えなかった。
ふとした時に見える様子がおかしいだけだからそれはそうとしか言いようがないのだが、それにしてもいつも通りだった。
俺の考えすぎではないかと思ってしまうほど。

「ねえねえ真ちゃん、この間創刊されたバスケ雑誌買った?」
「無論なのだよ」
「やりー!いやー創刊だからか、俺のお財布事情ではちょーっとお高くてさー、助かるわー」

すたすた平然と机の方へ向かっていく高尾を見やって、やはり気のせいかもしれないと思う。
いつも通りの、高尾和成。
何も変わらない。
雑誌を手にとって高尾が、ベッドを背もたれにする様にして座ったので、その隣に座る。

「ん…真ちゃん?」
「なんだ?」
「や…なんでもねぇけど…」

ぴくりと肩をわずかに揺らした高尾は、一瞬だけ身体を固くさせた。
前言撤回。
やはりどこかおかしい。

「高尾、お前、何か言いたい事があるんじゃないか」

顔を寄せて目を覗きこむと、鳶色の目を逸らされた。
少しばかり腹がたったので、強引に顔を向かせて、触れるほどの距離で目を合わせる。
高尾が息を飲むのが気配でわかった。

「高尾」
「…っ…し…ちゃん……」
「高尾…言え…」
「……やだよ…言ったら…おまえ、きっとおれのこと…嫌いになるぜ…?」

じわじわと涙を溢れさせる目にキスをする。
刺激でぼろりと零れる涙も舐めとって、宥める様に何度もキスを落とした。
俺がお前を嫌いになるなんて、それこそ自惚れだ。
お前が俺を嫌いになるような事があっても、俺がお前を嫌いになるなど万に一つもあり得ないというのに。
何を考えているのか相変わらず読めない奴だ。

「…嫌いになどならないのだよ…言え…高尾」
「……しんちゃんと、ちゅー、したい…手、つないで…だきしめて……だきしめられて……せっくす、…したい…っ」

絞り出すような声は涙で濡れていて、普段の明瞭な声がぐずぐずになっていた。
一体どこに嫌われる様な事があると言うんだ。
俺だって、少しばかり偏屈ではあるかもしれないが健全な男子高校生なんだ。
考えないわけが、ないだろう。

「馬鹿だな…お前は…馬鹿だとは思っていたが本当に馬鹿なのだよ」
「うるへぇ…真ちゃんにだけだ……こんなふうに、こわくなんの…」
「…ならいい。これからも俺にだけ、特別な感情を知るといいのだよ。嫌われたらと思うのは、お前だけではないのだからな」
「それってさ…真ちゃんもって事?」

涙で目元をどろどろに溶かしている癖に、聡いのだから全く困った奴だ。
返事の代わりにキスをして、高尾の身体をカーペットの上へと押し倒す。
唇から床に縫いつけてしまうようにキスを深めて、舌を絡めてやる。

「ん、…んぅ…ふぅ…しん、ちゃ…」
「察しろ…お前だけだ。俺も」
「…うん、嬉しい。真ちゃん、抱いてよ…おれのこと…たくさん抱いて…」

少しずつ自分の頬にも顔が赤くなっていくのを感じながら、また再び高尾の唇を塞いで飲み込む。
変わっていく体温に、感情に、こうやって塗り替えられていくのはこの先生涯、こいつだけで十分だ。





ラナケリアの花びらに埋もれて




12月7日
誕生花:ラナケリア
花言葉:変化

変化していくのもたった一人の為ならばいいやって思えるといい



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