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□ビバーナムが溶ける
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外見年齢12歳吸血鬼ジョナサン×外見年齢20歳吸血鬼ディオ



まどろみは深く、心地の良い泥濘に抱かれる様な眠りは、思考を麻痺させる。
うとと、うつら、とろり、瞼は見事に溶けきって形を成さないほどで、だから恐らく目が開けないのだ。
ふわふわとした気持ちよさは、何物にも代えられない幸福で、このまま眠り続けていたいと思う。
少なくとも、今この瞬間は。
そう思ってとろとろと輪郭を無くしていく感覚に身体を委ねていく所だというのに、僅かな気配で意識は簡単に浮上し始める。
溶けて形を無くしていた目が少しずつ形を取り戻して、ランプの明かりに浮かぶ顔に焦点があっていく。
ブルネットの小さな子供だ。

「…じょじょ…」

ティースプーンですくった蜂蜜が溶けるように名前が零れた。
口からぽろりと自然に零れてしまったそれは、まるであまえたがりの子供の様な響きがあった。
寝起きとはいえ酷い有様だ。
このディオが、赤子の様な姿を晒すなんて。

「おはよう…ディオ」

変声期を終える前の、子供らしい高さが残った声だ。
初めて会ったあの頃から変わらない声だ。
十年間、声変わりをしない声。
ベッドに腰かけたジョジョが、上体を折って顔を寄せる。
素直に目を閉じれば額にキスが落とされて、瞼に、頬に、顔じゅうにキスが降ってくる。
これもまた、ふっくらとした小さな子供の桃色の唇だ。
飽きもせずに十年もの間、毎日のようにキスをしてきて、よくぞ飽きがこないと思うけれどジョジョから与えられるキスは心地が良いので永遠に止めなくていいと思う。
やっぱり寝起きの浮ついた頭では、馬鹿な事ばかりを考えてしまう。
しかし、馬鹿になっている頭ではどうせ一生ジョジョにしかそんな事を許さないのだから素直になってしまえばいいのにと思う。
十二歳から永遠に年を取らないジョジョと、二十歳から永遠に年を取らない俺には、お互いしかもう居ないのだから。
顔じゅうに落とされたキスは、最後に柔らかく口に触れて終わる。
それで離れてしまうのはもったいないので、首に腕を回して引き寄せ、自分から口を寄せる。

「んっ!……ぅ…」
「…ん……ぁ……ふ、ぅ…」

舌で唇を突けば素直に唇を開くので、奥に隠れこんでいる小さな舌を舐め上げ引きずり出してやる。
角度を変えて深くまで交わる様にキスをして、わざとらしく鼻にかかるような声を上げてやれば、ジョジョの舌が応えるように動く。
舌の表を摩りあうように舌を動かし、唾液を吸い上げるようにされると心地よさが生まれる。

「んっ、んんぅ、んぅ…ん、ふぅ、ぅっ…ん、ぁ……」

ジョジョの咥内を荒らしてやっているつもりだったのに、気が付けばジョジョの舌に押されて、存分にかき乱されているのは自分の方だった。
軟体動物のようにジョジョの小さな舌が歯列をなぞり、舌先でくすぐり、背中に悪寒のような快楽を生む。
身動ぎすれば毛布が流れて肌の上を滑る。
ナイトローブすら着ていない姿なのは、昨日同じように、けれどもっと強く求めたからだ。
残念な事に回復の早いこの身体では情事の痕はほとんどと言っていいほど残らない。
けれど、簡単に湧きあがってくる熱は、確かに昨日の名残があるという証だった。
ほとんど昼夜が逆転しているので、今は恐らく宵の口だろう。
本来だったら夜に行われる情事を昼に行うのもおかしな話ではあるが、夜が俺達の領分なのだから仕方ない。
ひとしきり口を唾液塗れにさせると、最後に小さく吸い上げてジョジョの体温が離れてしまう。

「んっ…じょ、じょ…ぉ…」
「そんなに欲しそうな顔しないでよ…せっかくのいい夜をこのままベッドで過ごしてしまうのはもったいないよ?」

ね、と言って首を傾げる姿は確かに十二歳の少年なのに、言葉はまるで大人のような響きがあって、酷くアンバランスであった。
確かに子供の声なのに、姿に見合わない色香がまぶされて、奇妙な感覚だった。
その子供の姿のジョジョに、いいように甘やかされて愛されている自分は、傍から見たら幼児退行、変態の類に見えそうだ。
しかし、見た目こそ子供だけどジョジョは俺と同じでとっくに二十歳を超えている。
見た目との不一致、異常な回復力、奇妙な事ばかりなのも吸血鬼になってしまったと言えばそれで全ての説明がついてしまう。
十二歳の時にほとんど不慮の事故で石仮面によって吸血鬼になったジョジョを死体のようにして一度埋葬し、生きている事を隠したのは俺だ。
そのまま太陽の下にでも突き出してしまえばあいつが綺麗に灰になって、何の苦労もなくジョースターの財産は全て俺が引き継ぐも当然だった。
だというのに、あの時は俺もまだまだ子供であったということだ。
あろうことかそんな危険因子を手元に置いて、あまつさえ利用しようとしたのだ。
吸血鬼になった今ならわかる。
貧弱な人間よりも遙かに強い力を持ち、捕食者たる存在になってしまったジョジョを、あの時の俺は飼いならしてやろうと思ったのだ。
そして、ジョジョもあの時まだ子供であった。
父の傍を離れて俺から逃げるには、十二年を箱庭で生きていた貴族のお坊ちゃんには無理があった。
だからこそ、ジョジョは俺の要求を飲んだ。
恐らくジョースター卿は死ぬまで知らなかっただろうな、化物になった息子が死んでなお同じ屋敷の下で生活していたなんて。
ジョジョが屋敷を離れられない大きな理由の一つである父親が生きている間は、殺さず、飼い殺してやろうと思った。
しかし最大の誤算は、お互い子供であった事だった。
好きになってしまった。
このディオがあろうことかジョジョなんかを好きになってしまったのが、後にも先にも最大の誤算だった。
ジョジョには俺しかいなくて、俺にもジョジョしか居なかった。
好きだと言うのは早く、身体を繋げるのはそれよりももっと早かった。
快楽で繋ぎとめた方が、なおさら俺からジョジョが離れられなくなると思ったからだ。
それからこれもまた酷い話ではあるのだけど、俺は自分の手で石仮面を被り、吸血鬼になった。
これ以上自分ばかりが老いていくのが癪だっただけだ。
そうして、二人して吸血鬼になってジョースター家を出たのは、ジョースター卿が死んでからだった。
息子を失ってから、みるみる衰えたジョースター卿の死はそんなに遅くはなかった。
最後の瞬間、駆け寄る事も出来ずにカーテンの陰からジョースター卿を見つめていたジョジョの目は、その時だけは確かに人の時のグリーンアイをしていた。
ジョジョは子供の姿のままで時間が止まっているので、同じ場所には一年は留まれなかった。
しかし、それでも悪くはなかった。
ジョジョさえいればよかった。
頬を撫でて唇を撫でる小さな指先を舌先で軽く舐めて見上げれば、僅かにジョジョの表情が崩れる。

「…もう…止めてよ、僕がその顔に弱いってわかってやるんだから」

溜息と一緒にそんな事を言うのだけど、ジョジョの頬が赤くなっているのはよくわかった。
紳士面も悪くはないが、俺はやっぱり見慣れた間抜け面の方が好みなんだ。
しかし、ジョジョは俺の誘いには乗らずに、シャツを押し付けてくる。

「今日は駄目。久しぶりにお店を予約したんだから」
「チッ…だからお前は女にもてないんだ」
「ディオだけが好きでいてくれれば僕はいいよ」

ほら早く身支度整えて、と言って着替えの一式を押し付けたジョジョは、去り際に額にキスを落としていく。
あしらわれた様な気もするが、ディオの好きな紅茶をとびきり美味しく淹れて待っているよと言って部屋を出て行くあたりやっぱりあしらわれている。
まるで駄々をこねる子供を窘めるような態度に、子供みたいなのはお前のくせにと一人毒づく。
仕方なしにシャツに袖を通し、初めて風呂に入った記憶もないのに身体が綺麗になっている事に気付く。
どうやら寝ている間に後始末は全て終わらせたらしい。
まあそういう所はまるで子供ではない。
どうせ一服してから出かけるのだろうからシャツとスラックスだけ着て、リビングルームに向かう。
外の喧騒からして、仕事終わりの一杯が始まっている時間なのだろう。
蟲のさざめきのようにも聞こえる音の数々は、ガスランプの明かりに照らされて、さぞ愉快な気持ちにさせるだろう。
そのうちの何人が、飯にありつけているのかはもはや知った事ではないが。
足元から忍び寄る様な冷気に、もう冬が来ている事を改めて知る。
リビングルームへ続くドアを開ければ、足音を聞いていたのだろう。
ジョジョがちょうどカップへと紅茶を注いでいるところだった。

「ちょうどよかった」
「足音を聞いていたくせに」
「偶然だよ」

俺が言うよりも早くジョジョはカップに角砂糖を二つとミルクを少量注いで、それから前へと置く。
普段はストレートがいいのだが、朝だけは頭の回転を早めるために砂糖をいれた紅茶を飲む。
角砂糖は三つでは多すぎて、一つではすくない、二つが一番ちょうどいい。
口にすれば、抜けるような香りがして、甘さがまだどこかぼんやりとする頭を覚醒させる。

「…は、ぁ……で?どこに行くって?」
「stellar seaってお店にご飯を食べに」
「星の海?随分と頭の悪そうな店名だな」
「ロマンチストな店主だって噂だよ」
「なんだってそんな所に行くんだ…普通の食事はもはや必要じゃあないっていうのに」
「味がわかるんだからいいじゃない。身にならないって言ったら酒だって同じだよ。娯楽だと思えばいい」

手早く自分のカップにも紅茶を注いだジョジョは、砂糖を三つ淹れて馬鹿みたいにミルクを入れてかき混ぜるとそれを口に運ぶ。
子供だから甘いのが好きだと頭はつい勝手に認識してしまうのだけど、それは大間違いだ。
中身は立派な成人男性なのだから、単に甘い物が好きなだけだ。

「ああ、お酒といえば面白いのを見つけたから少し口にしてみてよ」

リビングとキッチンは簡単な敷居があるだけでほとんど繋がっている。
キッチンから真っ赤な酒の入った瓶とショットグラスを持ったジョジョがすぐに戻ってくる。

「赤にしては色が薄いな…ロゼにしては濃い……」
「飲んでみてよ」

ショットグラスに注がれる赤は透き通って硝子の淵を滑る時は薄いピンクにも見えたが、すぐに鮮やかな赤に戻る。
差し出されたグラスを取って匂いを嗅いでみても、ワインではない事しかわからなかった。
毒の類は効かないし、そうする理由がジョジョにはないので素直に口にすると、舌に甘みと酸っぱさが転がってくる。

「んっ……おい、ジョジョ…本当に何の酒だこれは…果実酒なのはわかるが…ザクロか?」
「アジアの方の木の実で、ガマズミというので作った物だって。ビバーナムの仲間だって言っていたかな。…んっ、酸っぱいね、これ」
「酒よりも調味料の方が近いな」

ショットグラス一杯の量も飲みきれなくて、一口だけにして止めた。
酸味があるのはいい、しかしリキュールに加えてさらに砂糖も入っている酒は、自分にはどうにも甘ったるすぎる。
酸っぱいと言いながらも軽く飲みほしてしまったジョジョは、どうやら対して気にならないらしい。
やはり子供の味覚のまま舌が成長していないと思った方がいいのかもしれない。

「そうだね。うーん、珍しいお酒だと思ったのに、期待ハズレだったなぁ」
「物珍しさに惹かれて手なんか出すからだ、間抜け」

そう言いながらも、たいして気にならないのかショットグラスの酒を簡単に飲み干してしまう。
やっぱり子供舌だ。

「くそ…甘ったるい。口直しにはいい赤が飲みたいもんだなぁ?ジョジョ」
「保険をかけておいて正解だったね…とびきりの赤を予約してあるよ」
「わかってるじゃないか。それならさっさと支度をして出かけよう。タイは?」
「今日は僕が赤」
「オーケイ。なら俺が緑だな」

すっかり冷めてしまった紅茶を飲みほして、タイとジャケットを取りに寝室へと戻る。
手早くタイを結びジャケットを羽織って、コートとマフラーを持ったジョジョが待つ玄関へ向かう。

「ディオはいつも赤が似合うなと思っているけど、やっぱり緑も似合うね」
「俺もお前には青や緑が似合うと思っているが、赤も悪くない」
「素直に似合ってるって言えないんだから」
「そういう性分なんだよ、行くぞ」
「うん」

ハットを被って夜に身を繰り出す。
吸血鬼の領分の黒はしっとりと肌に馴染んで、昼間に籠っている分気分が良い。

「さて、店を決めたのはお前だぞジョジョ。当然、エスコートするんだろうな?」
「勿論。と言っても、僕が手を繋いでエスコートしたところで急かして引っ張っているようにしか見えないけどね」
「俺だけがわかればいい。他の奴なんか知った事か」
「ふふ…そうだね。それに、この姿なら手を繋いでいても変じゃないしね」

そう言って嬉しそうに笑うジョジョに手を引かれて、少しずつ雑踏に消えていく。
このままこの手を離すことなく、永遠に共に居られればいい。
ジョジョに言ってやるつもりはないけれど、小さな手をこれ以上ないほどに俺は強く握りしめてしまっているから、きっとばれているだろう。
他の奴が知らなければいい、ジョジョだけが知っていれば、十分だ。




ビバーナムが溶ける





11月24日誕生花:ガマズミ(がまずみ) (Viburnum)
花言葉:愛は死より強し、私を無視しないで、結合
設定は贈り先の方より



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