本棚3

□満ち足りて満ち足りて満ち満ちた日々の有りし日々の
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就寝から、起床まで。
朝陽が上って夕日が沈んで、月が上がって朝陽に溶けるまで。
義兄弟としての親友としての良い一人の人間としての生活。
それを毎日、毎日、七年間続けた。
その果てにあったのが、二人がたったの一人になるということならば数学というのはなんとも難解な学問だ。
一つと一つを足して二つになるならまだしも、足して一つになるんじゃあ式が成り立たない。
しかし、俺とジョジョの七年間は何度確かめても、確かに足して一つにしかならないのだ。
俺がイカサマをしているわけでもないし、値踏みしているわけでもない。
それでも、俺とジョジョには一つしかないのだから、これはもうそういう答えであるとしかいいようがない。
俺達が説明できないことをどうして教師に説明できるだろうか。
だから、もうそれはそういうものなんだ。
曖昧を嫌う性分の自分にしては、その答えは曖昧の極みにある。
曖昧に曖昧を重ねて、本質は一体どこにあるのかと問われたらそこにあると応えてしまいそうな、なんとも頭の悪い回答しかない。
それでも、それでも、俺とジョジョには一つと一つを足しても一つにしかならないんだ。

「ジョナサン」

ついぞたったの一度しか呼ばなかった名前を読んでみる。
唇がもぞもぞとして、面映ゆい。
唇を噛むと牙が突き刺さって血を吹いた。
やはりジョジョはジョジョでしかなかった。
ジョナサン・ジョースターという男は、七年間の中でただひたすらにジョジョという存在であった。
父と呼ぶのもおぞましい男が恩を売った男の息子で、義兄弟で、七年間という青春の日々を共に過ごして、思春期から大人までの全てを過ごしたジョナサン・ジョースターは、俺にとってはただのジョジョでしかない。
親友であるとか友人であるとか兄弟であるとか、ましてや恋人であるとか。
そういう分類の中にジョジョという分類だけが別であった。
だから、俺にとってジョジョという存在は馬鹿だとは思うけれど最も特別な存在であった。
いや存在であると言った方がいい。
未来永劫、このディオの中で最も特別だと言える存在はジョジョだけだからだ。
口では尊敬していると言ったが、それは全てが正しくはない。
新愛よりも激しい憎悪もあったし、恋情とは言えない劣情も存在していた。
幼少期に戯れのようにしたキスだって、目を閉じれば簡単に思い出せてしまった。
暗闇の様な棺の中で目を閉じる行為は重要ではないが、何かを思い出す時は目を瞑るというのが身体に染み込んでいる。
人である名残。
人の姿をした化物。
いやきっと、ようやく身体が精神に追いついたんだろう。
元から俺は人の姿をした、化物であったのだから。
生きるために生きていくために、人道の背く行いは全て行ったし、カトリックの禁じている行為も、全部。
それだというのに、記憶の端々で、ジョジョは俺を人である様に扱った。
化物であるのは、この男が最も理解していたはずなのに。
理解していたからこそ、人の扱いをしたのかもしれないが、それはもう確認する術はない。
ジョジョの心も精神も存在した魂とでも呼ぶべき存在はもうここには存在しないのだ。
たったひとつだけ、ゾンビとして蘇らせれば出来るけれど、そうしてジョジョを蘇らせた所で一つと一つが一つになった事に変わりはないし、何よりこの腕に抱く男に何を言われるのかと思うとあまりいい気分はしなかった。
罵倒ならいい。
化物だと、恨みをぶちまけるのなら。
しかし、もしも万が一に、許されでもしてしまったら。
俺は狂ってしまう。
許されない事をしているというただそれだけが、世界を呪う感情だけが、俺を生かしていた。
それを許されて、肯定されてしまったら。

「…ジョジョ」

満ち足りている。
満ち足りていた。
満ち足りて、満ちていた。
その言葉だけが、渦巻いていた。
渇望すると同時に俺は、確かに満ち足りていたんだ。
ただの言葉にすぎない、満ち足りていたと言う感覚は嘘ではあるとわかっているのに。
俺は確かに、あの七年で、ジョジョと過ごす就寝から起床まで、朝陽が上って夕日が沈んで、月が上がって朝陽に溶けるまで、義兄弟としての親友としての良い一人の人間としての生活で。
紛れもなく満ち足りた日々を生きていた。

「もう二度と、得られる幸福だというのに」

途端に惜しくなるのは、恐らく私がまだただの人である名残があるのだろう。
これから何日、何週間、何カ月、いや。
下手をしたら何年もこのまま棺で眠ることになるだろう。
しかし、永遠を生きる私にとっては、些細な日々。
永遠のうちの数秒でしかない。
今はただ混濁する意識に身を任せて眠ってしまおう。
時間はそれこそ、腐るほどあるのだから。

「おやすみ、ジョジョ」

次に目覚めた時、お前の首が形を留めていたら、戯れにキスでもしてやろう。








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