本棚3

□月下美人は御機嫌斜め
1ページ/1ページ



ダイヤモンドが落ちていく。
光を反射してキラキラと輝き、ディオの色白な肌を伝っていくダイヤモンド。
不確かに、形を変えてディオの肌をなぞり、地面に落ちていく。
土に落ちたダイヤモンドはじんわりと溶けて、茶色の土に染み込んで消えていってしまう。
真っ白な額に湧いたダイヤモンドは、タオルに拭きとられて消えていく。
首筋を流れる小さな粒は、緑と白の土で汚れたラガーシャツに消えて行った。
美味しそうだと、思う。

「おい、ジョジョ」

ぱっ、と夢見がちだった視界が開けて、目が覚めた。
頬を撫でる風の感触、土埃の匂い、遠くに見える木々の緑、突きぬけるような青空。
ようやく自分が今どこで何をしているのかを認識した頭は、それでも返事が遅れた。

「な、なに?」
「…お前、ちゃんと水分取ってるか?ぼうっとして……倒れてもおぶって帰るなんて事してやらないぜ」
「大丈夫…あー、でも、顔は洗ってくる…」
「急げよ」
「うん」

ぽつん、と落ちていく汗にまた目を奪われそうになったので、慌てて視線を逸らす。
背を向けて屋外に設置されている水道まで逃げて、深く深く溜息を吐きだす。
授業時間を終えて行われるラグビーの練習中で、休憩の真っただ中。
それなのに、僕が考えている事といったらディオの事ばかり。
蛇口を捻って勢いよく水を出して、頭から被る。
熱を持ったような頭がいくらか冴えてきたが、その分鮮明に光景が思い出す事が出来た。
汗をかくディオの姿は、どことなくどころではなく、壮絶に色っぽいのだ。
しかしながら、それは僕がディオの恋人であるという欲目があってだとわかっている。
わかっているのだけど、それでも僕は心配せざるを得ない。
水流から顔を上げて、乱暴に首を振る。
ぱたぱたと水が地面に落ちるのが見えるけど、僕から流れる水はディオのようにダイヤモンドではない。
まるで欲求不満だ。

「おぉーい!ジョジョー!始めるってよーー!」
「ああ、今いくよ!」

チームメイトの声に呼ばれて、再び駆けだす。
頭はまだ水が垂れてくるけれど、走っているうちに渇くだろう。
それに、練習が終わったらシャワーを浴びるのだから同じ事だろう。
不埒な事を考えている余裕はない。
今度の週末に因縁浅からぬ大学との練習試合を控えているんだ。
と、思ったんだけど。

「……」
「?どうした、ジョジョ」

練習の終わった部室で着替えをするディオの姿を見たら、そんな気持ちなんか嘘みたいに消えてしまった。
偶然にも鍵の当番だったから、最後になってしまうのもわかる。
わかるのだけど、正直な事を口にするとディオに対してやましい欲を抱いている今はよい偶然とは言えなかった。
僕の意思はこんなにも簡単に壊れてしまう様なものだったのか。
紳士らしさとは一体なんだったんだろうか。
ああほら、首をかしげる姿だって愛しい。

「やっぱりお前、体調悪いんじゃないか?馬鹿は風邪引かないっていうのは嘘だったんだな」
「いや、本当に大丈夫……だいじょうぶ…」
「大丈夫には思えんが…先に言った様に、貴様を抱えて帰るつもりは毛頭ないからな」

ラガーシャツの裾に手をかけたディオが、勢いよく捲って脱ぎ去るのにやっぱり目を奪われる。
部員の大半はシャワー室に直接向かって半裸で部室にやってくるのだけど、ディオは汗を拭いてからシャワー室へ向かう。
きちんと着替えも持っていくあたり律儀だと思う。
シャツを脱ぎ捨てて上半身を露わにしたディオの姿は、これはまずいと思う暇もなかった。
額や、頬に伝うよりも遙かに刺激的な光景に息が止まる様な気持ちになった。
ディオのうなじから流れた汗が、背中を伝って僅かに覗く尻の隙間に消えるのを見届けてしまったら、紳士とは一体なんだったのか。

「っ?!……ジョジョ、何の真似だ」

不機嫌な声のディオは、首だけで振り返って僕を見る。
たまらず抱きしめた身体は、当然のように汗ばんでいて、それがまた情事の時を思い出させられた。
ほどよく動いて高ぶった身体は、簡単に情欲を引き出してお腹のそこから湧きあがってくる。

「……ずるいよ…ディオばっかり…!」
「何がズルイだ!離れろ暑苦しい……ッ!」
「嫌だ。だって…ディオの汗、凄く美味しそうで…」
「馬鹿なこと、をっ?!」

肘鉄を食らわせようと捻った身体を抑え込んで、目の前にあるうなじに吸いついた。
瞬間、ディオの身体がびくんと震えると途端に大人しくなる。
べろりと、存分に舌を沿わせて舐め上げればディオの汗と土埃、それと苦い味がする。
きっと普段ディオが付けているコロンのせいだ。
あれって口にするのは身体によくないって聞いたけど、少しだけだからきっと大丈夫だろう。

「う……ぐ……っ…!」

ディオの抵抗が緩んだのをいいことに、僕は思うままに舌を這わせてディオの身体を舐めまわす。
肩のあたりからはコロンの苦みは泣く、滑らかな肌からはディオの味がする。
髪の生え際へ鼻先を埋めて深く吸い込めば、苦いくせに甘い匂いのするコロンの僅かな香りとディオの匂いを強く感じた。
腕の中で大人しいディオは震えていて、このまま押しきれてしまいそうな雰囲気があった。
ディオと、したい。

「ディオ…すごい…汗くさい……イッ!!?」

ぐぼっ。
鈍い音だった。
もう平気だろうと思って腕の拘束を緩めた瞬間、やっぱり肘鉄をされた。
明確に鳩尾を狙った肘鉄は、深々と突き刺さり呼吸を一瞬で奪った。
膝から崩れ落ちてお腹を押さえると、ズキズキとした痛みが和らぐような気がしたけどまるでそんなことはない。とても痛い。

「な……なに…っ?!」
「なにはこっちの台詞だ阿呆がぁッ!!!!!!!汗臭いだと?!当然だろう!!!!それをさも俺だけ臭い様にくっちゃべって……これだから貴様はデリカシーがないというんだ間抜けがァ!!!!!!」

見上げたディオの顔は真っ赤で、まなじりには涙が浮かんでいる。
それは欲情に潤んだ顔ではなく、激高して怒り狂った顔だった。
もしかして震えていたのは期待とかではなく怒りであったのか。

「ち、ちがうよ!その、ディオの汗がセックスの時みたいで…!」
「このモンキーが…!!!!そんなに年中セックスがしたいなら右手と恋人になるんだな!!!!!」

あんまりな言い草に、これはもはやセックスどころじゃなくて恋人関係の危機かもしれない。
いつもだったら多少のアブノーマルなセックスは受け入れて、むしろディオから嬉々として持ち出してくるのにどうして今日に限って。
一体何が悪かったのだというのだろうか。

「ごめんよディオ!謝るから!!」
「うるさい。いいか、僕はシャワーを浴びに行く。ただしその間、貴様はここにいろ」
「えっ、僕もシャワーまだなんだけど…」
「獣と一緒になど入れるか。いいか、鍵をかけていく。絶対に来るんじゃない」

いや、このままセックスならまだしも、何もせずに汗だくのまま放置はさすがに気持ちが悪い。
どうにかせめてシャワーぐらいは許してもらいたいところだ。

「ごめんよ!本当に!シャワー中に絶対に触ったりなんかしないから!僕だって汗まみれで気持ち悪いし…!」
「……ジョジョ、外に確か水道あったよな?」
「え、いや…最近は結構涼しくなって秋っぽくなったし…外はちょっと…」
「なら待っていろ」
「…はい」

これ以上の譲歩はないらしく、僕は大人しく頷くしかなかった。
タオルと着替えを持って部室を出ていくディオを見送って、しばらくするとガチャンと鍵が閉まる音がした。
ああ、本当に閉めたよディオ。
部室に据え置きされているベンチへと腰を下ろして、深く溜息を吐く。
今度の溜息は暗澹とした、正真正銘の溜息だ。

「一体……何がいけなかったんだい…ディオ」






『月下美人はご機嫌斜め』











恋人に汗臭いなどと言われて、嬉しいと思う奴がいるわけないだろう。馬鹿が。








10月29日
誕生花 月下美人
「はかない美」「はかない恋」「繊細」「快楽」「ただ一度だけ会いたくて」「強い意志」「デリカシー」




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ