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□恋に至る第一声
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ビーティーと出会ってから一年が過ぎていた。
僕たちは中学二年生になる間にいくらか身長が伸びた。
夜の方が活動時間なビーティーは少しだけ僕よりも身長が小さいけれど、まだまだわからない。
一般論からすれば高校生を卒業するぐらいまで伸びるのだから。
今は少しだけ下にある視線もそのうちまた同じになるだろう。

「やあ、公一。入れよ」
「うん、おじゃまします」

相変わらず暇を見つけては互いの家を行き来している僕らは、今日は勉強会をすることにした。
一学期の期末テストに向けて互いの苦手な学科を教え合おうというビーティーからの提案だ。
恐らく、苦手な科目が少ないビーティーに僕が教えてもらうことになるのだろうけど。
ビーティーに促されて部屋に入ると、相変わらずコレクションで埋められた部屋は一層物が増えたように感じた。

「また物が増えたように見えるけど気のせい?」
「気のせいなんかじゃないよ。奥に琥珀に閉じ込められた蝶の化石と、フェルメールの小さな額縁の贋作が一つ、それと…」
「いや、もういいよ…随分増えた事はわかったから…」
「なんだよつれないな、少しは僕の数少ないコレクションの話をしてもいいじゃないか」
「これで数が少ないなんてよく言うよ…」

溜息と同時に呆れを隠せなかった。
所狭しと置かれる数々のケイパーの成果は、とてもじゃないが数少ないとは言えない。
数少ないと言うのはせめて、机の引き出しに収まる範囲の事を言うんだと思う。
そんな事を言ったら、益々ビーティーがしでかした公に言えない事件の多さをわかってしまうから、僕はそれから目を逸らす事にした。
サマーキャンプのあの時、何も言わずに事態を見守ってしまった僕は、とっくの昔に共犯なんだ。
あの後、黒山は死ななかったからよかったけれど、間接的に殺人未遂に加担している事を考えると背中が寒くなることがある。
それなのにビーティーときたら、すぐに学校に戻ってきちまって残念だ、なんて言っているのだから参ってしまう。
本当に悪魔的で、とても小悪魔とは言えない。
将来大悪党にでもなっていそうだなと思うのに、それなのに僕はビーティーから離れることなく一緒に居る。
何故だろう、その理由を僕は未だに見いだせずにいる。
勧められるままローテーブルの側に鞄を下ろして座る。
僕の対岸にビーティーが教科書やノートを置いて座るのを眺めていると、ふいに視線を上げたビーティーと目があった。
少し長めの前髪の隙間から、それ自体が光を放っているのではないかと思うほどキラキラした目に、ドキリとした。
焦りにも動揺にも、ある種の高揚にも似た感覚。
一瞬だけだったけど、僕はビーティーしか見えないような錯覚を覚えた。

「どうした?公一」
「え、あっ……なんでもない!」
「なんでもないなんて嘘が下手だなぁ」
「本当になんでもないんだよ!」

嘘が下手なのは自分でもよくわかっているけれど、さすがに口に出せるような事じゃない。
同級生に、ましてや男のビーティーに見惚れただなんて。
口が裂けても言えないよ。
心の中でだけ深く溜息をついて、僕は誤魔化すために教科書を開く。
大した事じゃないと判断してくれたのか、ビーティーもそれ以上は言及してこなかった。

「なにからしようか、君は数学が苦手だったね」
「そうだね…苦手なのからにしようかなぁ」
「数学なら少しぐらい解説できるよ」
「ビーティーは数学好きだよね」

数学の教科書をぱらぱらとめくりテスト範囲のページを探しながら、数学の時間になるとより一層生き生きとするビーティーを思い出す
それはケイパーの算段を立てている時や、賭けごとの時の顔に近い。
僕と同じように数学の教科書を開いたビーティーは嬉しそうに笑っている。

「トリックと近い物があるじゃないか。または、謎かけ」
「数学が?」
「必ず答えがあるじゃないか」

確かに、自分の持ちうる知識、それは公式とも言えるだろうそれらを使って答えを導き出すのは謎かけに近い様な気がした。
ビーティーが言うと、尤もらしく聞こえると言うのもあるけれど。
くるくるとペンを回しながら教科書を見つめるビーティーは、各自でやっておくようにと言われた問題をノートに書き写すとすらすらと解いていく。
同じ問題をようやく見つけたので、僕もさっそくと問題を見るけど式を写した所で止まる。
おかしいな、ビーティーと僕のは本当に同じ問題なんだろうか。

「んんー…」
「おいおい公一。つい最近習ったばっかりじゃないか」
「そうは言ってもさぁ…僕はこういう数字が並んでいるのは苦手なんだよ…」

無機質な数学はとっかかりがわかりづらいからどうにも難しく思える。
しかし、だからと言って文系なのかと言われるとそうでもない。
総じて勉強が出来ないだけなのだ、我ながら情けないが。

「まずは公式を書くんだよ。それから探すんだ、当てはまるパーツを」
「えーっと……」
「そう、わかるところから埋めていく。そうすると、あとは簡単な四則演算、加減乗除の世界さ」
「あ、あー…うん!わかったかもしれない!」
「君が喜んでいる所申し訳ないけど、最後の足し算が間違ってるぜ」
「えっ」

最後まで書き切った所で、達成感を感じた僕だけど残念ながら最後の詰めが甘かったようだ。
確かに、最後の足し算が間違っている。
足し算を間違うなんて小学生みたいな間違いに、自分の事だけど溜息が出そうだった。
何をやっているんだと叱咤してやりたい。
目の前のビーティーは、すらすらと手を動かして数式を解いていく。
滑らかな動きは、まるで答えがわかっているのかと思うほど。

「…君は、字が綺麗だなぁ」
「……公一、一問解いてさっそく休憩か?」
「あっ、そういう気はなかったんだ!ビーティーは綺麗な字だなぁって思って、つい」
「まあね。ほら、文書偽造するためにも綺麗な字が書けないと困る時があるだろう?」
「うぅーん、文書偽造をした事がないから全く共感できないんだけどね?」

あっさりとした犯罪宣言も、もう慣れた物だけど、文書偽造の為に字の練習をするなんてビーティーらしい。
しかし、ビーティーのおばあちゃんは厳しい人でもあるようだから、もしかしたらそういう所も厳しく教えられたのかもしれない。
よくよく考えれば、ビーティーの家族の事や今までの学校の事は、よく知らない自分に気付いた。
おばあさんと二人で暮らしているという事から、なんとなく聞きづらいのもある。
聞いてみたい好奇心と、聞いてもしも彼に嫌われたらと思うと、なんだか聞けなかった。
ビーティーに嫌われるのは少し嫌だな、と思った。
彼との縁が切れてしまえば、僕は毎日ハラハラさせられることなく平凡に過ごす事が出来る。
けど、彼との縁がしっかりと結ばれている今、その糸を簡単にハサミで切ってしまう事は出来ない。
切れても、彼と繋がったという痕跡だけは残るのだから。
切れてしまった糸の先にいた彼の事を思って、心配してしまうのは明白だった。

「君は、中学生男子らしいとは思うけど…お世辞にもうまいとはいえないね」
「言い訳も出来ません…」
「テストだって、汚い字を間違えて読まれて点が貰えないってのも馬鹿らしいよ。なんなら公一、僕がレクチャーしてやろうか?一回500円で」
「遠慮しておくよ…!僕のおこずかいが高くないの知ってるでしょ…」
「ふふ、冗談さ。ああ、公一。その公式、引き算が間違っているぜ」

そそくさと解き始めたそれに、さっそく間違いを指摘される。
こんな事で僕は本当に数学の問題が解けるようになるのだろうか。
なんとか四苦八苦を繰り返して、ようやくビーティーに指摘される事なく問題を解き終わる。

「おつかれさま」
「はぁ…最初が数学でよかったのか悪かったのか…」
「少し休憩にしようか。頭ってのは結構エネルギーを使う、身体の中でも大食らいな場所なのさ」
「へぇー…あ、もしかしてビーティーがお菓子を持ち歩いているのはその為?」
「そうだよ。僕は頭脳担当だからね、頼むよワトソン」
「ええー…僕は医者にはなれないよ…」
「肉体労働担当って意味さ」

ニヤリ、とイーティーがしたり顔で笑う。
その得意げな顔もわるくはないのだけど、僕はそれよりも。

「そんな顔ばっかりして…僕は、笑ってた方が可愛いと思うのに」

そう、無邪気に笑うビーティーは可愛いと思うのだ。
少し大きめの目を細めて笑う姿は、可愛い。
そういう表情も好きだなと思う。
そこまで考えて一体その好きってどんな好きなのか、そして自分が言った事のとんでもなさに気が付く。

「あ、いや…別に深い意味は…!」
「公一、顔を褒めるならせめてかっこいいと言ってくれよ」
「あれ?そっち?」
「そっちってどっちだよ」

変な意味に捉えられてしまったと思ったけれど、僕が思った以上にビーティーには伝わっていなかったみたいで安心した。
いや、別にやましい事があるわけではないのだけど。
するりと口から零れた言葉に、動揺している自分がいる。

「変な公一だな、慣れない勉強でおかしくなっちまったんじゃないか?」
「…そうかもね」

冗談めかして言うビーティーに曖昧に頷いて、僕はどくどくと動揺している心臓を沈めさせようと必死だ。
僕は、いったいどういう意味で、ビーティーが好きなんだろう。
それこそ、ロジックの苦手な僕には難題過ぎる。
しかし、もしかしたらビーティーにだったらわかるのかもしれない。
頭のいい彼になら、もしかしたら。








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