本棚3

□私の彼はパイロット
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リサリサが、女の子であると改めて思ったのは12歳の時だった。
一緒に育っていたリサリサは見た目は綺麗な黒髪で、大きな目元はふっさりと睫毛が綺麗に生えていて、とっても綺麗だ。
なのに、何故だか一緒に住んでいる間、僕は女の子であることを忘れていたようにリサリサと生活していた。
ストレイツオのおじさんの所へ行ったリサリサと久しぶりにあったのがその12歳で、髪が伸びたリサリサはとても大人っぽいように見えた。
その時に、ああリサリサも女の子なんだと思った。
結局、波紋法を身に着けていたリサリサは僕よりも断然強いままだったけど。
そうしてさらに月日は過ぎて、25歳になった時に改めてリサリサが好きだと本当にようやく理解した。
僕よりも少し、一年弱は年上のリサリサは見た目も凄く大人っぽくなった。
綺麗だとしか思っていなかった黒髪は長くなってより美しく、丸くてぱっちりとした目元はぱっちりとしたままだけど色っぽい雰囲気が加わった。
抱きしめられても気にすることはなかった体は、服の上からでもわかるほどふくよかでほっそりとしたプロポーションだ。
なんというか、とても美人になったのだ。
可愛いと思っていたリサリサは、僕なんかが傍にいるのも恐れ多いほどの綺麗な人になってしまった。

「あぁ…まいったなぁ…」

そんな時に限って、12歳の時にした約束が頭をよぎる。
あの頃から17年経った今でもその光景ははっきりと思いだせた。
庭に咲いている花の中でも、とびきり綺麗な花だけを集めて、リサリサに送った。
その時に、嬉しいと笑ったリサリサは普段のきりっとつり上がった目元を柔らかく解いて、可憐な少女の顔で笑ってくれた。
僕は何を思ったか、その勢いで、リサリサにプロポーズをした。
一生、僕と居てください。
と、子どもながらに一生懸命に。

「しまった…鮮明に思い出せ過ぎて…恥ずかしくなってきた…」

書斎で一人ぶつぶつと喋るのはかなり異様な光景なんだろうけど、誰もいないのだから構わない。
むしろ今は誰かに会わせる顔が無い。
覆った顔は熱くて、鏡でみたらきっと真っ赤だ。
一生懸命に今と同じように顔を真っ赤にして言ったプロポーズを、リサリサは驚いた顔をしながらもいいわよ、と言ったのだ。
あの時の僕が、多分人生の中で一番輝いていたし勇気があった。
プロポーズを受けてもらったとはいえ、あれは子どもの約束だ。
口約束は信用しちゃだめだぞジョージ、とあれを言っていたのはまだ髪が長かった頃のスピードワゴンのおじさんだ。
なんの証明もない、しかも17年も前の話なんかとっくに時効だろう。
けれど、僕はリサリサのことが、とても好きだと気付いてしまった。
いやプロポーズをした時点で好きだったんだけど、あの頃のすきはなんていうか家族が一緒にいるのは当然とかそういう感覚だ。
今の自分が持つ、彼女と結婚をしたいと言うのよりはもっと純粋な、損得勘定のない感情。
あれ、そっちの方がまた恥ずかしいんじゃないだろうか。
うんうん唸って、僕は今日やってくるリサリサにどんな顔で合えばいいのかとひたすらに回らない頭を回らせる。
30歳にもなっていい加減一人身であることに危機感というか、覚悟を決めなくてはいけない年齢になってきた。
飛行士である自分は、今のままの政治だと恐らく戦争に出ることになるだろう。
その時に、せめて妻や息子や娘がいれば、母さんを一人にしないですむ。
ただでさえ、結婚旅行で父さんを亡くしている母さんを一人ぼっちにだけはしたくなかった。
それに、僕自身のけじめでもあった。
女の子と付き合う様な事になっても、どこかでリサリサの事を考えていた自分にけじめをつけなくてはいけない。
しかし、どうすればいい。
情けない、泣き虫ホルヘと苛められた小さい頃を思い出す。
そうだ、あの時だって結局、僕はリサリサに守られて自分では何もできなかった。
答えは一体、僕のどこにあるというのだ。

「ジョージ!」

ノックと同時に開かれたドア、その奥から軽やかに跳躍をして見せたのは、思い描いたリサリサだ。
ちょっと待ってというよりも早く、ローテーブルにソファーすらも飛び越えて、真っすぐにリサリサが飛び込んでくる。
反射的に腕を伸ばして、その身体を抱きとめる。
軍に入ってだいぶ体も鍛えられたと思っていたけど、勢いが付いた人間というのは例え女の人でも重いのだと初めて知った。
支えきれなかった僕はそのままリサリサもろとも倒れ込んで、したたかに背中を打ちつける。
カーペットだったからよかったけど、もし床だったらもっと痛かった。
けど痛い、打った背中がビリビリする。

「いっ…!ったぁ…」
「あ、ジョージ!だいじょうぶ?」
「だ、いじょうぶ…リサリサは?平気?」
「私は平気、久しぶりね。ジョージ」
「うん、…君、本当に三十歳になるの…?すごいジャンプ力だったけど…」
「女の子に年齢の話をするなんて、本当にあなたはデリカシーないわね?」

ふふ、と笑ったリサリサはさらに綺麗になっていた。
胸元をしどけなく開けたドレスに、ルージュを引いたふっくらとした唇。
白い肌は、まるで年齢を感じさせなくて確かベネチアにいるはずだったのに日に焼けていない。
転がったままの状態で、リサリサが首に抱きついてくる。

「聞いてジョージ!ようやく、お父さんもトンぺティ師もいいって言ってくれたの!」
「いいって、なにを?ようやく君も一人前の波紋戦士になれたって事?」
「え?何を言ってるのよジョージ。私とあなたの結婚よ」
「…は?」

時間が止まるっていうのは、表現じゃないのだということを僕はその日初めて知った。
今日は僕は色々な事を学んだと思う。
けど、その学ぶことの多さに頭の回転が追いつかない。
結婚、誰と、僕とリサリサの。

「結婚?!」
「そう、一人前になったらいいと言ってくれたのよ。ああ、だから結果的には一人前の波紋戦士になるっていうのも間違っていないかしら?」
「そ、そうじゃなくて…そのっ…君、僕の事…好きなの…?」

リサリサを引きはがして顔を見れば、ぽかんとした顔をリサリサがしている。
それから、まったく仕方がない人ねって顔をしはじめる。
その表情豊かで、言わなくても伝わる様な表情をする所は昔からだ。

「いやね、17年前に、約束したじゃない?まさかジョージ、忘れちゃったの?」

目を閉じたリサリサが、ちゅうと軽やかにキスをする。
唇に触れる体温に、僕はさらに混乱して何も考えられない。
うそでしょ。
けど、唇に触れるのも、抱きついてくるのも全部、紛れもない現実だ。

「私は、ずーっとあなたと結婚するつもりだったわ。ジョージ」

幸せにしてね、とあの時の、そうプロポーズをしたあの時の顔をして笑うのだ。
戦う波紋戦士である彼女も、僕の前でだけは可憐な少女になるんだよ。

「ジョージ、返事は?」

ああもう、僕はやっぱり彼女に勝てないのだ。
それは幼い頃から今に至るまで、そして恐らく死ぬまで。

「…もちろんです…っ」

降り注ぐ熱烈なキスを受けながら、隙間をなくすほどほっそりとした体を抱きしめて、結婚式はいつにしようかと考えた。
最初から僕の中には答えなんかなかった。
全部、リサリサが持っていたんだから。








◇私の彼はパイロット







僕の彼女は、波紋戦士です。







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