本棚3

□ホワイトコーラルの海
1ページ/1ページ


恐らく、神様が与えてくれた最後のチャンスなのだと思う。
ディオを抱いて死んだあの時が最後だと思ったのだけど、その後になっても僕の意識は途絶えなかった。
首は既に僕と言う形を失っていたけれど、身体はディオが奪っていて形を留めなおかつ生命活動を維持していたからだ。
奇妙な言い方ではあると思うけど、僕はディオの中で生き続けていた。
そうして百年棺桶の中で眠って、再び目覚め、子孫の承太郎の手によって二度目の死を迎えた。
その全てを僕はディオと共にあった。
これでようやく僕とディオの運命は終わりを迎えたのだと思ったのだけど、消えていくはずだった意識は再び白日の元へと戻されて、なんと今度は実体まである始末。
生き返るのとは違って、様々な時代の人が一堂に集う盛大なカーニバルと行った方がいい。
あまりにも突拍子もない自らの状態だけど、きっとこれが最初で最後のチャンスなのだろうと思った。
もう一度、この手でこんどこそディオを止めなければいけないんだ。
と、思ったのに。

「んー?ふふ、懐かしい姿だなぁ…この頃の私の青さ、未熟さ、愚鈍さは胸に痛いが…若さといえば聞こえはいい」
「どんな心境の変化があればそんなピエロみたいな姿になっちまうんだろうなぁ?貧民時代に逆戻りとは未来の俺は随分哀れな物乞いか」

同じ声で同じような事を言い合う二人を交互に見つめる。
少し印象は違うけれど、ディオが二人、向かい合っている。
それだけでも理解しがたい状態なのに、何故か二人とも僕の腕を掴んで離さない。
右手は僕が最後に抱きしめた時代のディオに、左手は僕の身体で生き延びた百年後のディオに。
少々ややこしい状態だけど仕方ない。
僕からしたら、たとえDIOと呼ばれていてもディオなのだから。
どうにかわかりやすくしたいので、本人達には内緒でこっそりと小さい方のディオと大きい方のディオと呼ぶことにする。
大きな方のディオは僕の身体のためか、目線が殆ど一緒なのだけど、本来のディオは僕より目線が下なのだ。

「このセンスが理解できない所がまだ青いと言うんだ」
「そんな姿になってしまうぐらいなら生首の方がましだ」
「ほう?それなら今すぐにでもその首落としてやろう。この世界できっと私だけだろうなぁ、自分の首を刎ねる事が出来た存在など」
「百年眠ってボケちまったんじゃあないか?あの時、首を自らの手で刎ねたってのに。全く、これだから老害ってのは嫌だね」

苛烈さを増す舌戦に、僕はそろそろ止めた方がいいかときょろきょろと二人を見る。
ふいに顔を上げた大きな方のディオと目があって、開こうとした口を閉じる。
小さな方のディオよりも落ち付いて、唇に紅を塗ったディオの顔は大人びていてドキリとする。
色っぽさが増したディオは、七年過ごした時にでも見たことないような顔で笑うのだ。
その誘惑的な表情は色っぽいと言ったけど、むしろエロチックでもある。
白磁の様な白は病的というよりも石造の様な印象すら覚えて、赤く塗られた爪とのコントラストが美しくて、これが本当に僕の手だったのだろうかと夢を見るような気持ちで見つめる。
自然に首元へと伸びた腕に引き寄せられて、顔が近づく。
ああ、キスがしたいんだなとそれも自然に思った。
ディオがキスをしたい時にする仕草と表情と雰囲気そのものだった。
だから、ごくごく自然に目を閉じてキスをしてあげようとした。
瞬間、右手を力いっぱい腕が抜けるほど強く引っ張られて距離を引きはがされる。

「き、さまらぁ!!!!目の前で何をしようとしているんだッ!」
「あっ、ご…ごめんね、ディオ!」

小さいほうのディオがそれこそ射抜き殺さんとばかりに大きい方のディオをにらんでいる。
その激しさを伴った視線が懐かしくて、思わず視線を奪われる。
大きな方のディオが静かで真っ赤な赤い月かルビーの宝石ならば、小さい方のディオの目は激しく燃える炎だ。
全て燃やしてしまおうと激しく、苛烈に燃える、真っ赤な炎。
この目が僕だけを見てくれたらと我儘を言った事もあった。
その度にディオは、何を居ているんだ間抜けといいながらも僕の事を見てくれた。
そうだ、あの時はまだ人間だったからディオの目は光を反射して魅了するサファイアブルーだった。
ブリリアンカットを施された、光を反射して激しく存在を主張する色のやっぱり強い光を放つ瞳だった。
それは炎の色をした今でも変わらない。
僕は自然に吸い寄せられて、ディオの目元にキスをする。
軽やかな音と唇に低すぎる体温。

「なっ……ッ!」
「あっ」

しまったと思っても遅かった。
どうしてうっかり、キスなんてしてしまったのか。
昔から勝手にキスをするとディオはとても怒ったのは、わかっていたはずなのに。
やっぱり百年という月日は記憶を摩耗させて忘れさせてしまうのかもしれない。

「おいジョジョ。俺にもキスしろよ、そいつにだけは不公平だぞ」

と、大きな方のディオがそういって僕の返事も待たずに口づける。
奪われた唇は、やっぱり低すぎる体温を感じるのに、胸は暖かな気持ちで満たされる。
キスをすればよくわかった。
たとえ僕の身体を使って生き延びた、百年経ったディオでも、ディオなのだ。
しかし、小さな方のディオと違うのはそのキスがより巧みになっている所だ。
軽々と咥内に侵入した舌は僕の理性をじわじわと溶かしていく場所を明確に愛撫する。

「ん、…ふふ…やはり、頭だけでもお前を生かしておくべきだったかもしれんな…お前とのキスが、一番興奮する」
「そんなことをしたら、僕はきっと波紋の呼吸で自殺していたよ…きっと」
「だろうな。そうだと思ったから生かさなかったんだが、このキスの為だけでも生かして置きたかった…柄にもない事を言っているな…」
「じょ…ジョジョ!!!!!!!」
「あっ!」

軽々と視線を奪う真っ赤なルビーに気を取られていると、また燃えさかる炎に呼ばれる。
その炎の宿る目に涙の膜を張っているディオが、深く眉間に皺を寄せて今度は僕を睨んでくる。
う、まずいと思うよりも早くディオに首元を掴まれる。

「貴様ぁ…俺の眼の前で何をしているかわかっているんだろうなええ?しかも、俺には頬なのにそっちのピエロには口を許すなんてどういうことだ!!!!」
「だ、だって…!それに君!口にキスしたら怒るだろう?!」
「当然だ間抜けぇ!!!!」

筋が通っていない理不尽な事を言うディオに呆れたような気持ちと懐かしい気持ちが一緒に湧き上がる。
そうだ、僕たちはそうして七年を共にしたんだ。
と、小さい方のディオに気を取られるとまた左側の大きな方のディオが僕の視線を引きつけてくる。

「昔の私は、本当に小さな子供だな。キスして欲しいなら素直に言えばいいものの」
「別にジョジョにキスされたいわけじゃない!貴様との待遇の差を訴えているだけだ!僕は一番が好きだ!」
「そうだな、ナンバーワンが好きだったな?ジョジョの一番じゃないと気が済まないんだろう?」
「ちっ、違う!!!誰がそんなことを!!!!」
「貴様は私で、私は貴様なのだぞ?考えている事なんか全てわかるに決まっているだろう…間抜け」

言い合いをするディオとディオの姿は、驚くほど同じ顔をしているのに何故か対称的だった。
対称的なのは、同じ顔なのは当然なのだけど。
見比べていた僕は、夢を見るような気持ちでいたからか、ふと真っ白な白い花の形にされた白珊瑚のブローチを思い出した。
母の形見だったその白いブローチの白珊瑚の色は、まさに二人のディオの肌の色だった。
陶磁器のようにも大理石の白にも思えるのに、柔らかで触れば滑らかな肌はホワイトコーラルのそれを思い出した。
二人の頬を撫でると、やっぱり滑らかで、暖かな海で育った白い珊瑚の宝石のようだ。

「んー?なんだ、ジョジョ?」
「…、な…なんだ…ジョジョ…?」

撫でられた頬を擦りよせて嬉しそうに笑うディオと、頬を撫でられることに困惑しているディオ。
そのどちらも、僕の愛しい彼だった。

「君は、君たちは…ディオ・ブランドーだね」

そう問いかけると、意図を理解した二人が僅かに顔を見合わせた。
その姿も見事に対称的で、まるで僕が鏡にでもなってしまったような気持ちになった。





ホワイトコーラルの海






(そういう君は、ジョナサン・ジョースター)










8月22日の誕生石
ホワイトコーラル(和名:白珊瑚)
宝石言葉:素直・大胆・優しさ・自信満々




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ