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□ピカレスクに奪われた初恋の行方
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イニシャルがあだ名になって、ほとんど本名みたいに呼ばれている親友の話をすると、僕は変態だと勘違いされるかもしれない。
ビーティーと呼ばれている彼に振りまわされて、五年も一緒にいると言うと、大抵の人は奇特な奴だと言う顔をする。
彼の性格を知っていれば直の事、怪訝な顔をされるのだ。
そんな彼に付き合って友人をしている僕は、マゾヒストにすら見えるかもしれないがそんな事はない。
至って健全な高校生のつもりだ。
ビーティーは人を惹き付けてしまう才能がある、昔に彼の事を称した単語を使えば魔少年。
そんな彼の性格はお世辞にも褒められたものじゃなくて、僕は時に悪と立ち向かい、時に悪事そのものに加担した。
悪事のうちのいくつかは時効を迎えているけれど、大半がまだ時効ではないから言えないが、僕はビーティーの隣で様々な事件に関わり続けた。
おかげで、少しの事では驚かない様になった気がするけど、その驚く様な事を引き起こすのは隣にいるビーティーだからあまり変わっていないかもしれないな。
ふぅと溜息を吐くと、耳聡い彼が僅かに眉間に皺を寄せる。

「ん?おい、公一。僕が一緒にいるってのに溜息は酷いんじゃないか?」
「あ、ごめん。別に君に対してしたわけじゃないんだ」

いや、それは嘘だった。
反射的に言い訳をしたけど、溜息は確かにビーティーに関するものだったから正しく言い訳をするなら今の君に対しての溜息じゃないだ。
けどそれを言ったら確実に彼は機嫌を損ねるから黙っている。
彼に口で勝てた事は、初めて会って今に至るまで一度だってないんだから、わざわざ負け戦をするまでもない。

「君の心労の原因は大体僕だからね。別に隠さなくたっていいんだぜ?」
「そういう自覚があるならもう少し自重したらどうだい…?」
「そう言って僕が自重したことがあったか?」
「ないね…」

最初から僕の意見は聞く耳なんかないのはわかっている。
わかっているけれど、彼は本当に自分の世界で生きている。
彼の決めた彼の考えで、彼の決まりで動いている。
だから、彼にとって社会や世界が決めた法律やルールは守るに値しない物なんだ。
大げさにいえば、彼は世界を相手にしている。
壮大な我儘と言ったらかなり可愛げがあるけれど、我儘で犯罪を手伝わされてしまってはたまったものではない。
けれど、ビーティーを止めるわけでもなくそれに付き合っている僕だって、結局はその非日常を楽しんでいるのだから同罪だろうな。
夕日に何かが反射する様な気がした。
隣を歩く彼の髪が光ったのかと思った。
ビーティーの髪は不思議な色をしている。
頭を働かせて蠱惑的な笑みを浮かべている時のビーティーの髪は鮮やかな紫に見える。
彼が生き生きとすればするほど、その紫は鮮やかで暗闇で光っているようにすら見える錯覚を覚える。
しかし、平時の彼の髪はどちらかといえば金色にも見える茶髪だ。
それなのにどうして時折、紫に見えるのか。
日常見ている時ですら、その髪は綺麗ではっとするほど惹かれる。
今は夕日に照らされて明るいオレンジ色だ。
真っ直ぐに前を見ていた彼が、視線に気づいてこちらを見る。
高校生になって随分と、僕も彼も身長が伸びたのだけど身長差は変わらないままだった。
少しだけ小さな彼は、僕をほんの少しだけ見上げるようになる。
それは本当に少しだけで、ほとんど一緒の目線なんだけど。

「ん?なんだい?」
「いいや、なんでもないよ」
「いや、何かある顔をしていたよ公一。君のその遠慮深い所も嫌いじゃないけど、言いたい事や気付いた事ははっきりと口に出した方がいいと思うんだ」
「本当になんでもないんだってば!」

彼がすらすらと言葉を紡ぎ始めるのは、口八丁でうっかり口を滑らせるのを待っている時だ。
とんとん拍子に話を進められると、流れと勢いでうっかり人は隠したかった事を喋ってしまう。
そうやって暴露してしまった場面をよく見ている僕は、彼の思惑通りにはならないように話を中断させる。

「ふぅん?そうかな?君は今、僕に見惚れていると思ったけどね」
「…気付いていたならわざわざ僕に言わせようとしないでよ…」

見惚れていたというのは間違っていない指摘で、気付かれていた事が恥ずかしくて視線をうろうろと彷徨わせる。
彼は本当に口も上手くて、ポーカーフェイスで困る。
彼の真意を測るには、僕ではあまりにも拙過ぎる。
軽やかに腕を掴まれて、顔を寄せられた。

「ッ!な、なに…?」
「ん?そうだな。君の照れて赤い顔は好きだと思っただけさ」
「君、ほんとに性格歪んでるよね…!」
「好きな奴ほどからかいたくなってしまうというだろう?そういう事だからあんまり怒るなよ、公一」

ほらまただ。
僕はやっぱり、彼の言葉の真意をはかりかねる。
これでキスの一つでも出来たら、きっと僕達の関係は明確になるのに。
しかしながら、臆病な僕は曖昧に笑って、その艶めく唇を見つめるんだ。









ピカレスクに奪われた初恋の行方








(僕は彼が好きなんだ)





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