本棚3

□青いアンモビウム
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大学を卒業して三年、初主演映画の話を貰った年だった。
ポストの中のチラシや公共料金の請求書に紛れて、厚みのある封筒で綺麗な字で宛名と名前が書かれた水色の封筒は、堀先輩の結婚式の招待状だった。
それを直感で理解した私はその封筒だけを大事に持ってエレベーターのボタンを連打して、急いで自分の部屋へと向かう。
お世辞にも新しいとはいえないマンションのエレベーターはとても遅く思えた。
ドアが開くのをこじ開ける様にして駆けだし、部屋の鍵を乱暴に開けて靴も適当に脱ぎ捨てる。
おざなりに鍵だけかけて、荷物を捨て、今度こそ両手で封筒を持つ。
ペーパーナイフはないから、ハサミで封を切る。
水色の厚手の封筒は少しだけ光沢のある紙で、細かい所まで決めているんだろうなと思った。
大道具をしていたけど、先輩は小さなものまで簡単に作ってしまう人だったから。
封筒を取り出すと、そこには式の次第と返信用のハガキ。
その後ろに、もう一枚紙が入っている。
開くとそれは先輩からの手紙だった。
少し手が震えている。
それは歓喜だ。

「やった…っ!」

内容へと目を通した私は思わずガッツポーズを高々と掲げてしまう。
それは披露宴の余興をするかという申し出だった。
高校生の頃、堀先輩の結婚式に呼んでもらって、さらにはそこで余興の出し物をするのが私は夢だったからだ。
その夢が叶うのだ。
嬉しくないはずがなかった。
式の日取りは十月だから、まだきっと予定は立っていないはずだ。
急いでマネージャーへと連絡を済ませた私は、御子柴へと連絡をする。

『はい、御子柴です』
「久しぶり、鹿島だけど」
『おぉ!久しぶりだなー、大学以来か?』
「そうだね。ねぇ、堀先輩から招待状届いた?」
『ああ、今日見た。先輩もう結婚するんだなぁ…俺なんか彼女全然なのに…』

どうやら、御子柴は相変わらず女の子の扱いが今一歩みたいで笑う。
学生の頃から彼は、私とは違う形で女の子を喜ばせる事が出来る人で、ある意味尊敬に値する。
自分の言った事にあんなに赤くなれる人は才能だ。
私からすれば、彼の方がとても女性らしいぐらいなのにね。

「あははっ、ねぇ。余興しないかって先輩から手紙入ってたんだけどさ、やらない?」
『はぁっ?!俺は目立つのはあんまりやりたくねぇ!』
「女の子にモテると思うけどなぁー」
『……まぁ、内容によっては考えてやらなくないけど…』

僅かに視線をうろうろさせて、きっと顔を僅かに赤くしているだろう御子柴が簡単に想像出来た。
そういう所も、私は彼の気に入っている所だ。
女の子に言う可愛いとはまた違う、強いて言うなら御子柴という彼が可愛らしい。
それを言ったらどっちも変わらないだろうと怒られてしまいそうだけど。

「千代ちゃんにも相談してみるよ」
『そうだな。俺も野崎にかけてみる』
「急に電話ごめんね、じゃあまた」
『いいって、別に気にしてねぇよ。身体には気を付けんだぞ。じゃあな』

ほらやっぱり、そうやって最後に体調を気遣ってくれる所がまた彼らしいのだ。
私の愛すべき親友のよい所を見つけられる彼女が、早く現れてくれないだろうか。




****




「お茶でいいか?コーヒーもあるが」
「あ、おかまいなく」

台所から顔を出して聞く野崎にそう返して、集まったメンバーの顔を見る。
見事に野崎を中心にして集まった人達ばかで、彼はぼんやりしているようで実は大きな歯車なんだなと高校生の頃から変わらない姿を横目に見る。

「びっくりしたなー!知り合いの結婚式、私初めてだよぉ!」

にこにこ、キラキラと笑っている千代ちゃんは身長こそは変わらないけれどお化粧をして少し大人っぽくなった気がした。
けれど喋っている姿は、高校生のあの時と何も変わらないような気がした。
この空間だけ、高校生に戻ったような錯覚を覚えた。
このままずっと、一緒に居られるとそれこそ子供のように思っていた。
けれど大学を卒業して就職してしまったら、なかなか大勢で集まるのは難しくなって、年単位で久しぶりになってしまう。
寂しいと同時に、仕方ないと思っている自分もいる。
大人になってきている。
無邪気に駄々を捏ねなくなった程度にだけど。
演劇部がいるということもあるから、せっかくなので余興は短いミュージカルテイストのものをしようということになった。
野崎が演技は壊滅的なのは知っているからストーリーを作ってもらい、千代ちゃんも前にでるには苦手だというのでコーラスを。
瀬尾さんはあの有名なローレライということもあるので歌部分を当ててもらうことにした。
私自身、歌は未だに上手くない。
けど、前よりはコンプレックスに向き合うことが出来る様にはなっている。
それをネタに笑うことができるようになったから。
相手役には御子柴で、彼は最後の最後まで嫌がったけどなんとか折れてくれた。
頼まれたら断れないのは相変わらずだな。
若松君も舞台になど出たことないというので、千代ちゃんと一緒にコーラスをしてもらう。
思ったよりもとんとんと決まっていくそれに、私は笑みを押さえられない。

「結婚式、楽しみだね!」
「うん。先輩をおもいっきり笑わせてあげようか!」

千代ちゃんの言葉に頷いて、私はどうやって衣装を借りようか伝手を考え始める。
おもいっきり喜ばせて、おもいっきり笑わせてあげたいんだ。
先輩を。



****



結婚式当日、結果から言えば余興は大盛況だった。
私の事を雑誌で見た人もいたみたいで、それが盛り上がった理由の一つでもあったらしいのは後から聞いた。
勿論内容も現役漫画家が書いているからとても面白かったと、これも後から堀先輩に聞いた。
衣装からスーツに戻った私は、雛段に座っている先輩の所へと向かう。
これはきっと褒められるだろうという、確信があった。

「先輩!」
「お前なんで歌ってねぇんだよ!」
「えぇ?!開口一番罵倒ですか?!」

しかし、私のうきうきとした気持ちとは正反対に思いっきり怒鳴られる。
タキシードで相変わらず前髪を立てている先輩は、眉間に深い皺を寄せて、学生時代によくしていた顔で言う。
怒られているけどそれが嬉しくなってしまった私は、つい笑みを浮かべてしまう。
すると案の定、なに笑ってんだと怒られる。

「いやー、先輩かわんなぁーって思いましてー」
「お前も相変わらずだな…いや、少し髪が伸びたか?」
「今度出る作品が少し長めなんですよ」
「また男装役か?」
「それは見てのお楽しみってやつです!」

先輩命令だぞ、って笑う先輩はやっぱり学生の時と同じ顔で笑っている。
やっぱり私と先輩は、あの高校生の時から時間が止まっているんだなと思った。
決して進展する様な事もなければ、後退する様な事もない。
何も変わらないままだ。
先輩のお嫁さんは、先輩よりも少し小柄で、でも隣に並ぶとちょうどいいぐらいの人だった。
お色直しをするからと席をたったその人を見送って、これから先輩はお父さんになってしまうんだなと思った。
嬉しそうに、それでいて愛おしさを隠せない表情で見送っている先輩を見て、私は唐突に理解をした。
そうか、私はあの時。

「嗚呼、私、先輩の事好きだったのかもしれません」

ほとんどひとり言の様な言葉だった。
好きだったかもしれない。
今となっては確かめる事も出来ないけれど、きっと私は先輩の事が好きだったんだ。
あんなにも私は一生懸命に先輩にかまってもらおうと必死だったのは、きっとそうだったんだ。
一瞬、呆けた顔をした先輩が懐かしむ様な顔で笑う。

「奇遇だな、俺もお前が好きだったよ」

呆けた顔をするのは、今度は私の方だった。
そうですか、と返しながら私は、胸がいっぱいで呼吸が出来なくなりそうな気持だった。
たったそれだけで十分だった。
私もきっとこれから先、誰かを好きになって結婚する。
その時は先輩に余興をして貰おう。
私は、先輩の演技がとても好きだから。

「結婚、おめでとうございます。先輩」



□青いアンモビウム□





(私が唯一、お姫様を演じたかった人)













8月14日の誕生花「アンモビウム」
花言葉「不変の誓い」
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