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□北風と太陽とお医者様
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尾崎医院と言えば、じいさんやばあさんのお茶飲み場になりつつあるのは周知の事実。
近隣の村と孤立した地形だから、必然的に患者も村の者ばかりだ。
時折、村外から通勤している者が仕事中に具合が悪くなったり怪我をしてくることがあるくらいで、それも外場の人間という考えは間違ってない。
溝辺の人間はわざわざ来るような事はない。
年に何度か、お盆や長期休暇で村外へ出て行った者が来てその子供たちが小さな擦り傷を作ってくる程度。
そう考えるとやっぱり村の奴しかこの医院には居ないのだけど。
だからと言って、午後の診察が終わった診察室に居るのはさすがにおかしいのだと、俺は何度言えばいいのだろうか。

「田茂先生こんにちは、老眼鏡を作りに来たんですか」
「よう夏野、今日も子供みたいに可愛い顔をしているな」
「名前で呼ぶなっつってんだろ」
「大人に向かって口のきき方が悪いぞクソガキ」
「…おい」

診察室には俺がカルテを書くための机と椅子が窓際にあって、患者が座る用の椅子が二つと、簡易ベッドが一つ。
簡易ベッドに夏野君がいて、診察用の椅子に定文が座っている。
お互い顔こそはにこやかだけど、言葉の応酬があからさまに喧嘩腰だ。
それが苛烈な事になる前にため息交じりに止める。
あまりにも面倒だったのでその口喧嘩を放置したら、とてつもなく面倒な事に巻き込まれた事がある。
どちらの方が俺を好きかという事を切々と語られて、挙句の果てにはどちらを選ぶのかと聞いてきたのだ。
長々と聞かされてうんざりしていた俺は、答えも出さずに保留にしたのも、悪かった。
それから何かにつけて医院にきては、こうやって縄張り争いみたいな事をしている。
実際、定文にとって夏野君はよそ者だ。
多少そういう気持ちがあるのだろうけど、四十にもなって高校生相手にむきになっているのはどうかと思う。

「定文、大人げない事してるなよ…結城君だって村に馴染んできたのに」
「大人げないとは失礼ですね、若先生」
「急に敬語を使ってもさっきまでの大人げないのはチャラにはならんぞ」
「先生は名前で呼んでもいいんだよ」
「えーっと…わかった。だがね、君も少しは大人に対する返事を覚えた方がいい。確かに、定文は尊敬するような部分は少ないかもしれないけれど、一応は立派な大人なんだから」
「酷いですね若先生。俺と若先生の中なのに」
「先生、名前で呼んでって言ったじゃん」

一つ言えば十も二十も帰ってきて、これは無視をした方がまだマシだったかもしれない。
こうやって二人が俺のとこに足しげく通ってくる理由はわかっている。
けれど、それを明確に口にしてお断りをしてもう来るなとは言えなかった。
狭い村で噂というのはまるで地響きのように村全体を揺らして一瞬で伝達してしまう。
まして、夏野君は未成年の男子で、定文は既婚者の男だ。
相手が女でも問題なのに、俺みたいな男に詰め寄って好きだ愛しているだなんて、大問題だ。
町内の掲示板にでかでかとニュースになったっておかしくない。
ただし、恐らく面白可笑しく騒ぎ立てられるだけで凶弾されることはないだろうなと思う。
院内ですら大した騒ぎにならず、むしろ若先生モテモテですね、なんて言われるのだから。
公になった所で誰も本気になんかしない。
俺だって、本気になんかしていなかった。
けれど、診察の際に患者の目を見てなるべく些細な仕草や表情から原因を探ろうと思って鍛えた観察力が仇となった。
わかりやすく、本気の目をしているんだ。
それだから、困る。

「…わかってる。先生は、俺がまだ子供で満足できないって思ってるんでしょ」
「……何の話だい?」

悲しげに目を伏せられたかと思うと、次には夏野君の目に強い意思が灯っている。
ベッドから軽やかに立ちあがって颯爽と俺の前まできた夏野君は、都会から来た少年というと確かにわかりやすい。
少し長めの髪は彼には似合っているし、身のこなしがなかなかスマートだ。
真っ直ぐに人の事を見つめることが出来る目は切れ長で、これは将来かなりのハンサムに育つんじゃないだろうか。
緩やかに頬を撫でる手は子供らしく暖かいのは、夏野君と何故だかアンバランスに思えた。
彼の髪が黒よりも鮮やかな藍色だからかもしれない。
綺麗な藍色の睫毛に縁取られた目が細められて、それが思ったよりも間近になっている事に気づいた時には遅かった。
ちゅ、軽く唇の皮膚が触れるだけの軽いキスをされて、それを認識したのも焦点が合わなかった夏野君の顔がちゃんと見えるようになってからだ。

「な…あ……ッ」
「これでも、先生は俺を子供扱いするの?」

僅かに目じりを赤く染めて俺を見つめてくる夏野君は、確かに真剣そのもので。
君のそれは勘違いなんだよと言ってやりたいのに口から出てこない。
絆されてしまいたい、と柄にもなく思ってしまう。

「そんなんだから、まだ子供なんだよ」

横から伸びてきた手が顎を救い取って、くるりと横へと向かせる。
すると老けたけど俺からすれば変わらない、少し意地が悪くも見える顔をした定文を正面から見る事になる。
白髪こそないけど、やっぱり老けたな。
顔に出てきた線は老人のそれと比べれば深くはないが、それでも十分年上の男だ。
すっと顔を寄せられて、それに今度こそはと抵抗する。

「っ、さ…だふみ…ッ?!」

肩を押して馬鹿な事は止めろ、と言うよりも定文の方が早く、軽々と言葉は奪われる。
夏野君の柔らかな唇と違って、定文の唇は荒々しく唇を割り開いて内側を暴き立てる。

「ん、…んんっ、…!」

角度を変えてさらに深々と舌を差し入れられて、見せつけるようなキスをされる。
だから大人げないんだと思っても、口には出せそうにない。
口髭がすれてくるのもくすぐったくて、声が漏れる。

「はっ…は、ぁ…さ、だふみお前な…!」

夏野君の目の前でなんて事をしてくれたんだ。
しかも、まだまだ性教育を学校で受けていく高校生の目の前で。
言いたい事は多々あるのに、キスの余韻で痺れる口ではうまく言えない。

「子供じゃないっていうんなら、これぐらいしてからにしな。坊主」

俺から視線を外して挑発的な目で夏野君を見る定文の顔は、昔の顔に見えて少し動揺した。
夏野君はさっきよりも顔を赤らめて、悔しそうな顔をしている。
そんな顔をさせたいわけじゃないのに、と思わず頭を撫でて足りたい気持ちになる。
あれもしかして、こうやって煮え切らない態度をしている俺がそもそもの原因なんじゃないだろうか。

「絶対に、俺の事好きにさせるからね、先生」
「簡単に、俺以外にキスなんかさせませんからね?若先生」

胸に固く誓いを立てて真剣な顔と、満面のしたり顔が俺を見る。
火に油を注いだのは、一体どこのどいつなんだろう。





■北風と太陽とお医者様■




勝つのはどっち?





菜 様

遅くなりました!
本当に、遅くなりました…
リクエストありがとうございます。
夏+定×敏の甘甘ということで
二人で取りあいしてもらった次第ですが
いかがでしたでしょうか
少しでも、もう!ほんと尾崎の先生のいけずぅ!と思って頂ければ幸いです!
この度はリクエスト本当にありがとうござました。





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