御伽噺2

□メルトダウンの余韻
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どうかしてるわ、ほんと。

ゆめのなかの余韻にいまだ浸る男に、私はさっき淹れたばかりのコーヒーのカップを手に男を振り返った。何がうれしいのか、私と目が合うと男はにっこりと笑う。本当どうにかしてるわこの男。なぁにがどうしようもない純愛よ。私は手にしたカップの中身のコーヒーをぶっかけてやった。





『メルトダウンの余韻』





ゆめのなかの私に浸る男に苛立ちを覚えている自分も相当どうかしてるなんて、知ったこっちゃないのだけど。けれど目の前の男よりは幾分もマシだと思う。「あっちい!」と騒ぎたてる男に、私は静かに言い放った。

「もう一度前髪鷲掴んで引っ叩いてやりましょうか、そうすれば目が覚めるかもしれないわよ」
「遠慮しときます。俺様いたいの好きじゃないしぃ」
「ゆめの中で散々ひとで好き勝手発情したくせにどの口が言うのかしら?」

舌打ちするだけじゃ物足りなくて、私は結局男の前髪を鷲掴んで青の双眸を見つめた。今度は「いってえ!」だの騒いで(あついだのいたいだのうるさいったらありゃしない!)男も私の目を見つめた。迷いなく逸らされることのない目に、私がゆめの中でこんな男なんかに屈したのかとおもうと癪に障った。




「ふざけないで。今度そんなゆめみたらぶっ叩くわよ」
「どうしてそう喧嘩腰なのかなあ?」
「どっちが先に売ってきたのよ、しらばっくれないで」

ぱっと離れていった白い指を視線で追いながら俺はおれの女王様に弁解した。だからただのゆめだっての、本気にしちゃったわけ?ふうん可愛いとこあるじゃねえの。

「だーかーらぁ、夢だって言ってるじゃない。おっさんが穏便に事を運ぼうとしてるのにどうしてそう捻くれるかねえ。煽ってるの?」
「あら、事を穏便に運ぼうとしてくれてるの?それは気付かなかったわ、ごめんなさい」

にこりと微笑いながら、さっき俺の髪をひっつかんでいた指の色のついた液体を舐めとる彼女の態度が気に障った。あかい舌がちらりとのぞいて手のひらから指先まで。それがおれにぶっかけられた液体と同じなのかとおもうと思わずごくりと喉を鳴らした。いけないいけない、これは完全に彼女のペースだ。今更抗おうなんて気にもならないが、これ以上コーヒーをぶっかけられるのもごめんだし。

「…これ以上嬢ちゃんに言っても無駄かね。んじゃおっさんは帰るとしますか、おっさんも暇じゃないしー」
「そうね、あなた忙しいものね。時間をとらせてしまってごめんなさい、私も暇ではないしね」
(…ぐっ、かなり引きとめて欲しかったんだけど!…こんのくそがきゃ…絶対泣かす!)

期待とは違う反応に心の中で舌打ちする。優雅にやんわりと腕を組んでみせた彼女は口許に微笑みを浮かべて立ち上がった俺を見ていた。

「そうそう俺様暇じゃないのよー、じゃあね」
「引きとめた方が良かったのかしら?いいえ、ダメよね。あなた忙しいものね」
「えぇ、えぇ忙しいですよ。でもお姫様のためなら時間作ってあげてもいいけどぉ?」
「私負けず嫌いなの。だから私はあなたが折れてくれるとうれしいのだけど」
「俺が折れればいいのね、じゃあおっさん素直にここにいることにするわあ」

「どこにも行く予定なんてなかったし、」と付け足して言えば彼女は眉を顰めて俺を見た。疑ったような眼、そうそう俺もずうっと女王様のペースってわけにはいかないのよ。そんな目見てると愉快だ、いっつもあんな生意気な態度をとる彼女の調子を狂わされた感じ、いいねえ。

「…やけに素直なのね、何を企んでいるのかしらないけど」
「やーねえ、なんにも企んでなんかいませんよお姫様。俺様ただ素直になったから褒めてほしいだけよ」
「素直になってくれたことはうれしいけど、私はがっつかれる方が好みだわ」
「ホント、おれのお姫様はわがままなことで」
「扱いにくいお姫様でごめん遊ばせ」

そんな気まったくないのに謝罪するおれの美しい女王様は見事にペースが崩れていた。ただいつもの意地だとかそういうものは相変わらず崩れないでいるが。さっすが!おれの女王様といったところ。


「それよりも俺は褒めてほしいんだってば。褒めて褒めてー」
「(ここは素直になって面食らわせた方がいいかしら…?褒めを催促した姿がかわいいだなんて、くそったれ、)…そうね、素直になったご褒美として接吻してあげる」
(素直じゃないのはお互いさまかねぇ…ま、これはこれでいいけど。……それにしてもこういうときは相変わらずああいう可愛い顔するのな)


そのとき彼女が何を思ったかなんて、考えただけでぞくぞくする。キスしてきた女王様の舌を噛んで鉄の味のする接吻にひとつことばを零した。女王様のあかい液体のついた舌が彼女のくちびるを舐める様といったら。


「ご命令を、お姫様」
「あら、言うことをきいてくれるのね。ならひとつだけ」



「食べなさい、わたしを」
「Yes,Your Majesty.」







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