word

□ショートケーキグラフティ
1ページ/9ページ

 激しい任務の後の駅からマンション迄の道程は、いつも遠い。
 昨今、二期生とも合同で当たる仕事が増えてきたが…どう言う訳がジェイドと組む割合が妙に多く、その大抵がどこぞの御偉いさん警護の為の豪華ホテルでの立食パーティーの見回りとかで、何故かジェイドも俺もタキシードを着させられ、寧ろスポットライトの下の方に立たされる始末だ。何が目的なのか薄々感じてはいるが…要するにビジュアルの問題で、選別されているんだろう。だから、万太郎達と顔を合わせる機会が殆ど無く、認め難いことだがそれも少し、寂しかった。
 如何せん委員長は懐に入る金銭ばかりに目が眩んでいる御様子で、ヘラクレスファクトリーで教え込まれてきた物、日頃の鍛錬等の成果を発揮する場を与えられず、愛想笑いを振り撒いて気疲ればかりしている。ジェイドは、根が真面目なのか与えられた任務を全力で全うすると意気込んでいて、今日も隅の方でぶつくさと文句を垂れていた俺の腕を引っ張って、悪行超人の影も形も見当らない煌びやかな会場に警戒の目を光らせろ、なんて言う。
 久方振りに昨晩、万太郎と電話で話したが、あちらは今日の早朝からd.m.pの残党狩りだそうだ。美味しい物ばっか食べて綺麗なお姉さんに囲まれてウハウハなんだろー羨ましいよー、と受話器の向うで泣かれたが、泣きたいのは寧ろこっちの方だった。俺からしてみれば残党狩りの方が余程に性に合っているのだから。
「…ふぅ」
 思わず、漏れてしまう溜息。
 時刻は午後11時。飲食店の殆どがシャッターを下ろし、大通りには転々とコンビニの灯りが落ちている。車の数こそ多いが、脇道に入れば忽ち人影は疎らになる。なんだか無性に遣り切れなくて、肩に引っ掛けていたバックを、意味も無く反対の肩へと掛け直してみる。満たされていないな、と漠然と思う。足りないのは、解っていることだ。
 何かで誤魔化すしかないと、現状を打破するだけの力もやる気も萎えていた俺は、ふと空腹を覚える。夕食は、今日の警備先だったパーティー会場で摘んではいたが、本当に恋しい物は其処には無く。脂っこい物ばかりだったから、和食が良いなと思う。マンション近くにそう言えば新しいコンビニが出来たことを思い出し、俺は足の向きを変える。暫くすると、申し訳程度の駐車場の上に煌々と灯りを洩らすコンビニが見えてくる。客数は、嬉しいことにそんなに多くは無い。中途半端に顔と名が売れているから、注目されることはそりゃ心地良い日も有るが今日は勘弁願いたい。リュックの底に突っ込んであったキャップを取り出し目深に被ると、俺は自動ドアを潜った。

 軽く周囲を見回してみたがコンビニの作りは何処も似たような物だ。レジの前を直進し、惣菜と弁当のコーナーを覗き込む。サッパリした蕎麦に心を惹かれそれを片手に、咽喉を潤す物の選別に向かう。100%のオレンジジュースの、鮮やかな橙が綺麗で、それに決める。それから、ふと。飲物棚の下方に並んでいる、白く柔らかな数々に気付く。生クリームの色だ。それ以外にも、もうすぐ季節になる苺をあしらったケーキや、ムースのような物、詳しくは解らないが様々なバリエーションの物が揃えられている。
「…へぇ」
 日本のコンビニは手が込んでいるんだなと一々感心する。型に嵌った安値の物では無くて、デパートや街角のケーキ屋に並べられていてもおかしくはない値段もそこそこだが見た目にも美しい一品に、俺は思わず手を伸ばした。普段は余り甘い物は食べないようにしている。決して嫌いではないのだけれど。合同練習場で万太郎が広げて見せるジャンクフードを皆で注意している手前、なんとなく…と言うのもあるし、甘い物が好きだなんて言えば…絶対にからかわれるに決まっている。テキサスに居た頃はママが何も言わなくてもケーキやドーナツを焼いてくれて、パパと2人、誰憚る事無く口にすることが出来たのだけれど。赴任先の大阪で1人暮らしを始めてからもなんとなく格好が悪いような気がして無意識に避けていた。
 一瞬、自意識過剰だとは思うが周囲の視線が気になって、辺りを警戒してしまう。当然、誰も俺の方など見てはいなかった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ