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□コンビニ
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 24時間、大音量の音楽と情報を垂れ流し、資源だ環境破壊だ温暖化だと大騒ぎしているこの時代に、深夜もそして昼日中も煌々と電光の降り注ぐその場所へ、少しの時間の空白にふと足を運んでしまうのは何故なのか。
 空腹を満たす為、咽喉の渇きを潤す為、今日発売の雑誌の拾い読み、新商品は有るだろうか等々と理由を探してはポケットの小銭を鳴らし、自動ドアを潜る。マニュアル通りの店員の受け答え、他人に感心の無い都会の人達に多少遣る瀬無くもなるが、それでも何かを欲して、足を運ぶのだ。その、何か、を埋める為に。だから、そもそも「今」である必要は無いし、絶対に「これ」でなければならないと言う理由も無い。しかし確かに、此処に有る飢餓感。満たされていないような、漠然とした、不安と言うか不満と言うのか、とても曖昧な物。それ等が疼いて堪らなくなると着の身着のままスニーカーの踵を踏んでコンビニへと出掛ける。
 それが日本に来てからの、キッドの奇妙な習慣となっていた。

 ソファに凭れて、深夜帯の猥雑なテレビを見ている。チャンネルを回せば格闘技の中継か通販番組かB級のグロテスクな映画。これと言って面白い物が有る訳でも無いのに混乱したように散る光が恋しくて、テレビを点けている。ケビンの逞しい胸の上に後頭部を預けた格好で、キッドは冷めた珈琲を啜る。ケビンはリモコンを放り出し組んでいた足を組替えると、凝り固まった肩を回すように動かして、宙を仰いだ。それから、意味も無く溜息を吐く。
「…何か、無いのか?」
「ん?」
 退屈そうな横顔を推理小説のページの間から見上げる。重たそうに金色の髪を掻いて、キッドの、ケビンに比べれば幾分薄い肩を抱き、ケビンは冷蔵庫の方をチラリと見た。口寂しいのか手持ち無沙汰なのか。多分その両方なのだろう。
「無いよー」
 気の抜けた声の、投げ遣りな返答。
 とても安定した空間であるのに、焦燥感が胸をざわついている。キッドも、居心地が悪そうに頭を何度も動かす。ケビンの上質なシャツに皺を作って散々に移動した後、やっぱりいいや、と諦めて、ソファの隅に置かれていたクッションに埋もれる。ケビンは不意に失われた温度に眉を潜めて、逃げるなと手を伸ばす。
「逃げるなホッカイロ」
「ホッカイロって、また随分安い…」
「子供体温」
「言ったな、オジン」
 読み飽きた小説をケビンの顔面へと投げ付けてやる。当然、衝突の前にそれはケビンの手に弾かれる。こら、と顔を上げた先、キッドはソファの背凭れに後転するような格好から反動をつけ、勢い良く立ち上がった。
「どっか行こ」
「どっかって」
「コンビニ」
「…何しに」
「何か無いかって言ったの、ケビンじゃんか」
 問答の内に玄関へ向かったキッドを追い、ケビンも重い腰を上げ椅子に掛けてあった上着を羽織る。スニーカーの踵を踏んだまま表へ飛び出したキッドは、子供のように跳ねて見せた。ケビンも革靴を履き後ろ手に扉を閉め、キッドから投げ寄越された鍵を掛ける。黒に包まれた夜の下で、早く早くと特に急く必要も無いと言うのに手足をバタバタさせているキッドに、ケビンは苦笑した。
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