word

□来たるべき怪物
1ページ/2ページ

記憶の全て置いて行けるか来たるべき怪物。

 暗闇を這うようにして、進んでいる。そう、主観が告げる。しかし確証は無い。私と言う輪郭線さえ見出す事も敵わない原形の無い真の闇だ。此処は魂の深遠なのだろう。僅かに視神経の明滅が有って、一瞬にして足元が抜けたのが解った。此処に上下の感覚等は存在しないが私は落下した事を知る。抵抗は無く体を放り出された先、不意に視界が開け辿り着いたのは見慣れたいつのも部屋だった。これは、夢だろう。夢から醒めたとは思えない。酩酊したように覚束無い手足の、緩慢な知覚の、奇妙な遠さ。何処かへ向かう途中の、渦中なのだ。不気味な感触だけが有る。
窓の向こうの月は拉げて赤い。
「…これは、夢だ」
 呟いて、歩み寄る。壁に背を預けて四肢を投げ出した格好で眠る彼に。
「そうだろう?」
 再び、自らを慰めるようにして、言葉として発した後に恐る恐ると彼の前に膝を着く。金糸の表面が鮮やかに浮かび上がる。触れずしても解る、その柔らか過ぎる髪は以前と比べれば僅かに伸びて彼の額に影を落としている。瞼を伏せている彼の貌は恐ろしく、幼い。髪同様に金色の睫毛は少女のように長く、呼気に震えていた。
 丸みを帯びた頬に、赤みが差している。彼は、此処でこんなにも無防備な姿を曝し、ただ息衝いている。
 どうにでもなる、好きにして良い、こんなにも愛しい、でくの坊のようなお前。
 きっと、何もかもを私に許している。開け放している。
 それが解る、怨嗟の如くに、真綿の如くに。
「悪い、夢だ」
 私は、彼の白いシャツの隙間からそっと掌を差し込み、屈強な筋肉とは言い難い、何処か甘さを多分に含んだ肉に触れた。女にしてやるように胸の二つの膨らみを揉み解す。そしてそれは女のように答えて、申訳無さそうに先端に付いている赤い突起が健気に立ち上がった。彼の唇が、呼気以外の色に染まり始めている。ふぅふぅ、と、内側からの何者かに犯され始めている。
「テリー…」
 音として、紡ぐ。その、半開きの唇を覆った後に舌を捻じ込む。奥で萎縮していた舌にそれを絡め無理矢理に引き摺り出し甘噛みを繰り返す。私の唾液をテリーの口腔に流し込み、彼の眉間が息苦しさに窄められたのを確認して漸く唇を放す。解放された唇からは、だらしなく銀色の糸が垂れて、ただ、淫らだった。シャツの前を全て引裂き、ジーンズのファスナーも乱暴に破壊し下着毎引き摺り下ろす。私は、誰かに操られているように思う。どうしてこんなことをしたいのか、それだけが、解らない。身の内に化物が巣食っていて私をどうかしているのだと思う。そうでなければ、理由が無いのだ。この衝動は、私の認識を遥かに凌駕した、凶暴性は、彼を、貪り尽くそうとしている。
「ん……ふ…」
 吐息が、曇る。
 最初から最後迄、正気の沙汰ではない。
 薄紅の肌が、私の拙い愛撫に染まる。彼の頬は上気し、忙しない呼吸はグズグズと崩れ始めている。彼の性器は力無く垂れ下がって、私の凶器と化した性器は月に映え、恐ろしい原色として其処に有った。彼の最奥を貫いて、私の物にするのだ。そうしなければならないのだ。この渇望を、満たす為に。そして、彼の泣き顔を望む為に。
 それでも、君は、良いと、言うのだろう。
「テリー…これは、なんて、怖い夢だろう」
 ぐったりとした肉体に覆い被さって、その下肢を眼前に曝す。両足首を掴み、更にその太腿を握り締めて、遂に、ひっそりと息衝く其処の底に、私は辿り着いた。赤い月に空気が溺れる。私の肉体は重い病に焦らされて、彼ばかりが綺麗なのだ。とても、綺麗なのだ。
 逃れようと瞼をきつく閉じる、闇が口を広げて待っている。私は、逃れようの無いことを最初から知っていた。脈動に、私は揺るがされる。
 お前は知っているだろう、最早、救われる術は無い、至福の奈落だ。
 それは、私の内にこそ有る、真実の姿だ。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ