あんまりこんなこと思いたくない。つい舌打してしまう。私より少し背の高い彼(最近また伸びてきたか?)は
爽やかな笑みで通り過ぎて行った。これからサッカーらしい。また怪我すんなよ、私がまた治療しなくちゃいけないんだからなって
いつものように生意気に言ってやりたかったのに。最近思い通りにいかないことばっかりだ。
どうしてこんなに遠く見えちゃうんだよ。生意気だ、翼のくせに。

(なんだよ、告白されたからって舞い上がっちゃって!蜜柑や蛍ちゃんとかにちょっかいだしすぎなんだよ!短距離早くなったからってなんだよ!)

心のなかじゃあ翼にたいする不満でいっぱいだ。だからって口になんか出さない。だってそんなの悔しすぎる。
でも、理解してもらいたいとも思った。何も言わなくても分かってもらいたいという甘え。矛盾してる、心はいつだって不安定だった。

翼にたいして、ここまで想ってしまうのは、自覚してるけど、やっぱり認めたくない。


(何で今更!今更言えないよ、そんなふうに接することできないよ、女の子らしくも、可愛くもなれないよ!ばーかっ!)

悔しさと恥ずかしさでいっぱいになって、全力疾走で逃げ出したかった。






「よー、美咲」
「よー……ってお前さあ、服着替えろよなーもうそろそろ夜だけど?」


いきなり戸をあけてやってきたよ、こいつは。当たり前なことになったしまったけどせめてノックくらいはしろよな。
サッカーを7時までやってたとか、小学生かお前は!というつっこみはおいといて、やっぱり怪我してる腕と脚を見やった。
いつものように、にやにやした顔の翼を殴りたくなる。


「ったくお前さー、どうしたらこんなふうに怪我できんの?馬鹿か」
「言葉きっついな〜。いいじゃんか!青春だぞ青春。こうやって怪我をしてでも全力で、」
「あーはいはい。分かったから、分かったから。ちりょーしてやるから中はいんなよ」


ああ、私も甘いなあ。こんなふうにしてあげちゃうから、翼も調子のって怪我してくんのにさ。
だいたいこいつも保健室行けよ。なんのための保健室だよ。


「……なんか、久しぶりに来た気がするなあ」
「そう?たった3日前に来たじゃんか、今日と同じ理由でさ」


といいつつ、私も同じことを思っていた。確かに、口に出したら3日前に会っていたんだ。なのに何故だ、全然会ってなかった気がした。


「っていうか、最近美咲と話してなかったーなとか思ってさ」
「なんだお前、……まあ確かになあ。あ、ほら座って、腕見せてみな、…傷は浅いな、大丈夫だな。脚も大丈夫そうだ、」

適当に見てて思ったんだけど、こいついっぱい傷つくってるわりには、どれも傷は浅いな。変だな。
一瞬、とてもやましい(いや別にやましいってそういう変な意味じゃなくて!)考えがよぎったが、すぐに打ち消した、
そんな都合のいい話どこにあるんだ。顔が赤くならないように何かに耐えた。


「こーやってるとさー」
「んー?」
「俺たちって成長したなーって思わないか?」
「ええ、なんだきゅーに。まあ分かるけどね」


ほんと、なんだ突然……それは思うけど、とても。色々成長した。それは喜ばしいことなんだろうと思うけど、
正直私にとっては、全てがそうじゃなかった。だって、


「こうやって、話すことも少なくなってくしな」


翼が発した一言に、心臓が大きく跳ねた。


「……………え」
「最近全然話してないよな、俺ら。なんでだろーなー」
「…………」
「おいなんだよ、だまんなって」


(―――じゃあお前こそ変に真面目な顔すんなよ!)


「こーやって、俺がこないとお前と話せないとか、昔じゃ考えられなかったのにな」
「むかしは、そうだね、いっぱいいつも一緒にいたよな。ほんと、あははっは、すげえ仲良かったな」
「そうそう。どんだけだって話だよな」
「翼いつもこうやって私の部屋来てちらかしてったよな!」
「それはお前だって!いつも夜恐いからとか言って、一緒に、」
「わーわー言うな!それ以上言うなよ分かったな!?」
「ちょ、こえーよお前!分かったから!ったく、どんだけ恥ずかしがりやなんだよ、もう昔のことだろ」
「そうだけど!ほんとやだ思い出したくない!」
「はいはい、他にもいっぱいあるな、美咲のはずかしー話」
「なっ!そんなの私だってあるんだからな!お前小4のときの理科の授業で、」
「ああああ!言うな!言うなよ!っていうかそれ誰かに言ってないよな!?」
「言ったかな〜」
「お前!」
「うそ、うそ冗談〜。そんなことしてねーって、あせんなよ」
「……ったくー。お前は、」

ひと段落ついて、心地よい間ができた。そうだ、そうなんだよ、最近全然思い通りにならなかった。
ほんとうはこんなふうにどーでもいいことで笑いあっていたいだけなのに、色んな感情でおされて、できなくなっていた。
ほんと邪魔、この感情。

分かってたのかな、翼。私が全然、話そうとしなかったこと。

本当は話したいのに
ただ、一緒にいたいだけなのに。
一瞬にしてめぐった感情に、翼の顔が見れなくなってしまった。―――恥ずかしい。


「今日は久しぶりに一緒に星みないか?」
「星?」


沈黙をやぶったのはそんな一言で。こいつほんと、いきなりだよな色々と。こっちは合わせるのに大変だってのに。
あー。そういや昔はよく見てたな、屋上とかに登って。小さいときに、二人きりで。泣いたり笑ったりしながら。


「行こうぜ、たまにはいーだろ」
「たまにっていうか、すっげえ懐かしいなそれ!私も行きたかったよ、そういうの」


無駄にテンションあげてみたけど、なんか不自然。


「チョコとかもてってさ、くだんねー話してさ、」
「チョコ?やだ太る!」
「痩せてんじゃんおまえ」
「そんなことない!最近また増えて……」
「そんなの全然わかんねーよ、いまだって十分だろ、お前は、それで」
「あ、いや」


こんなふうに、会話のなかでドキリとするような言葉いれないでほしい。心臓もたなくなりそうで。
言って本人も察したのか、ほのかに頬が赤く染まっていた。自覚なくて言ってたのかこいつ!


「た、ったく!翼もさ〜私がいっつもいっつも怪我なおしてやってるんだぞ?お礼くらい言ったらどうだ!」


いつものように、生意気にえらそーな口調で言ってしまう。やっぱりだめだ、なんでこんなふうになっちゃうんだろ。


「あーはいはいありがとうございましたー」
「生意気だ!この!」
「ちょ、いたいっす!いたいっす!美咲さん!」
「手加減してやってんのにさ〜。」


ぽかぽかと叩いてるときに、



「まあ、あんたが怪我してくんなきゃ、話せないくらいすれ違うから、いいけど」


ぽつりとつぶやいた。


「……、なに?なに?なんていったの?わんもあ!わんもあ!」
「あんたがこうやって怪我してくるおかげで、私翼といまこうやって話せるなってそう思っただけ」

えらく素直に吐き出してしまった。すごい早口だったけど。
翼が怪我してくれなきゃ、翼はここにきてもらえない。そうじゃないと、話す機会もそんな、ない。
どうして私たちこうなちゃったんだろう、昔はあんな一緒だったのに。
もっともっと素直に吐き出したいことはあったけれど、これが限界の本音だった。
言ったら少しすっきりしたけど、同時にかーと熱いものが上昇する。


「……へー、お前そう思ってたのか」


ちゃかすわけでもなく、淡々と話す翼にどう反応したらいいのか分からない。


「ま、まあ、そういうこと!だいたいね!こんな怪我いっぱいしてきて!なんであれ体もたなくなるぞ!」
「へーへーそうですね〜。」
「分かってんの?」
「わかってるよ、俺もそう思ってるし」

「俺も、そう思ってたから怪我してきた」
「へ?」


3秒ほど見つめあってから、翼が吹き出した。


「あはっは!なーんてな!さーて早く星見に行こうぜ!」
「ちょ、まってってば!なに今の?」
「なにがー?」
「なにがって!って走るなよお前!」
「はやくしねーと置いてくぞー」
「ってまだ7時じゃねーか、もっと夜でも、」


だめだ、追いつけそうにない。いつものようににやにやした顔で、こちらに手を振る。
なんだあいつは!いつもいつも!私も必死で、少し背の高い彼を追った。まだ私顔赤いのに!
よかった見られなくって。だけどあっちはどうなんだよ!ったく私ばっかり恥ずかしい想いさせやがって!
悔しい恥ずかしい!でも思わず、笑ってしまった。


今日も明日も明後日も素直に話すことできそうにないけど、今はそれでいいと思った。
3日に一度こうやって彼が怪我をつくってきて、私が治療して、星なんか見たりして、それでいいと思った。

いつからこんな足速くなったんだこいつは!ぜえぜえ言いながら、私は廊下に大きく響くように叫んだ。


「おい待て翼!私負けねーんだからな!」




(20080905)

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