散文
□とある夏の日
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ジャッカルは優しい。
俺がどんなテニスをしてもついて来てくれるし大抵のわがままは聞いてくれる。
「やれやれ」とため息をつくことは多いけれど、困ったように笑うジャッカルの顔が大好きだ。
迷惑かけているんだろうなと思うことは沢山あるけれど、それでも甘えたくなってしまう。誰よりもジャッカルに。
赤也だって同じように思っているに違いない。
3年は皆赤也を可愛がっているけれど、一番甘えられるのはジャッカルだ。
皆から赤也の子守り係だと笑われているけれど、本当はまんざらでもないことを知っている。ジャッカルはそういう人。
俺はきっと赤也に負けないくらい子供だ。
独占欲ばかり強い子供だ。
「ジャッカルっ」
部室を出て行こうとするジャッカルを呼び止めた。
これから部活が始まるというのに、俺はまだ半分も着替えが終わっていない。
「ん?」
何だ?というように眉を少しだけ上げる。
部室にはもう俺とジャッカルしかいない。本当は急いで着替えなければいけないのに。
「昨日さ、赤也に英語教えてた?」
「あぁ、真田に言われてな。本当困るよあいつら」
「それで…」
「ホラ早く着替えろよ。先行くぞ」
バタン、とドアの閉まる音がした。
俺何やってんだ
一体何言おうとしたんだ
早く着替えなくちゃ
だって赤也が俺のジャッカル取るから
俺のジャッカル?
あぁもうホントどうにかしてる
暑い、日差しのせいだ
気が狂う前にテニスをしよう
俺は慌てて残りの半分を着替えた。
ドアを開けると、いかにも真夏、というように、太陽がギラギラと照っていた。
ふらりと目眩を感じたけれど、俺はコートまで駆け足で行った。
ギリギリ開始時刻には間に合ったらしい、真田が何か言いたそうにこちらを睨んだけれど、面倒なのでさっと目を逸らした。
暑くて暑くて、いつもの俺なら無駄にテンションの上がる時期なのに、何故だか今日はそんな気分にはなれなかった。
汗が伝う感触が気持ち悪い。口の中がカラカラだ。
俺はふぅ、と大きく息を吐いて膝に手を置いた。
「おい、ブン太大丈夫か?」
「は?何が?」
「今日調子悪いだろ、少し木陰で休めよ」
ジャッカルが心配そうに俺を見た。
ダブルスって、二人で一つだからなぁ。
「わりぃ、ちゃんとやるから…」
「いやそういうことじゃなくて。具合悪いなら休めって」
「そしたらジャッカルは?今、ダブルスの練習してんだろぃ」
「別にダブルスだけが練習じゃねぇし、柳に相談してみるよ」
「嫌、だ」
ジャッカルのユニフォームをぎりりと握りしめた。
顔を上げることはできなかった。きっと俺はすごく情けない顔をしている。
「俺の側にいろよ」
乾ききった喉から漏れたのは、蚊の鳴くような声だった。
情けない、俺はなんて子供なんだろう。
ジャッカルはきっと困った顔をしている。
ごめん、俺きっと具合悪いんだ、だから、なぁ、俺の側にいてよ。
「ブン太、お前…」
「二人ともどうした?」
ジャッカルが何かを言いかけたとき、タイミングが良いのか悪いのか、柳が俺たちに気づいて声をかけた。
ジャッカルは一瞬間を置いてから
「ブン太の奴具合悪いみたいなんだ」
と言った。
「体調管理はしっかりしておけと言ってあるはずだが…この暑さではな。丸井、ベンチに座ってろ」
「大丈夫だから」
「無理をするな。ジャッカルが言ってるんだ、本当に具合が悪いのだろう?」
「ジャッカル、一緒に来て」
「甘えるな」
柳はぴしゃりと言って、俺の腕を掴んだ。あ、と言う声を上げて、俺は柳にずるずると引きずられるようにベンチへと運ばれた。
こちらを見るジャッカルの顔はやはり困っているようだった。
だけど笑ってはいない。俺はそんな顔をさせたいんじゃない。
ジャッカルは柳に一言二言指示を受けて反対側のコートへ行った。
最後にちらりとこちらを見たけれど、やはり心配そうな表情をしてそのまま向こうを向いてしまった。
太陽は尚もギラギラと俺たちを照らし続けた。
俺は体中の水分という水分を抜かれたような気がしたけど、柳が置いて行ったドリンクを口にする気は起きなかった。
その液体がそのまま目からあふれるような気がしたから。
2011/06/25
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