散文

□ちゅらさん
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「しにあちさん」

平古場は汗を流しながら言った。
確かに夏独特の嫌な空気と言うか、まとわりつくような湿気が不快感を出してはいるが、平古場が汗を流しているのは部室に乗り込んで来た三人の野球部員を殴り倒したからだ。沖縄武術の心得があるからと言ってもやはり男子三人とは乱闘になったらしく、室内のあらゆる物がなぎ倒され壁や棚には血痕のような物がこびりついていた。
俺が部室に入ったときにはこうだった。平古場は口から血が滲んでいるだけだった。

「…ぬーが起きた」
「くったーが勝手に入って来てわーのこと笑ったんだばぁ。おかげでちょっとズレたさ」

平古場は口元を制服の裾で拭いた。血が滲んで見えたのは、口紅が擦れただけのようだった。

「たーだって綺麗になりたいさぁ。それが噂通りだの何だの、しにかしましぃからくるした」

殺した、というのは比喩ではないらしい。ぴくりとも動かず呼吸による運動もなさそうだった。皆額から血を流していて、平古場が本気で殺しにかかったのがわかる。
平古場は鏡台に向かって、何事もなかったのように化粧直しをしていた。

「くそっ!汗でファンデ浮いてんどぉ!!」

平古場は手近な小瓶を横たわる死体に投げつけた。
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