捧げ物

□思い
1ページ/2ページ

剣心が包丁を動かすたびに、心地好い音が台所に響く。

穏やかな笑みを浮かべながら包丁を握る。





もう少しで出稽古から帰ってくるだろう。きっと、お腹を空かせて帰ってくるに違いない。


いつでも考えるのは、愛する人のこと。


今日はどんな顔を見せてくれるのだろう。
その口からはどんな言葉を聞かせてくれるだろう。


自分自身、呆れ返るほど同じ人の事を考えている。




穏やかな昼下がりの陽気に、楽しげな小鳥のさえずりが耳をくすぐる。








「ただいまぁ。何作ってるの?」
暖簾をくぐり、薫が入ってくる。
「お帰りでござる。今日は妙殿からいただいた蕗を佃煮にしようかと」
「わぁ!いいわね。おいしそう」
手を合わせて喜ぶ薫に、つい顔がほころぶ。

「ねえ、剣心。手伝う事ない?」
肩に掛けていた竹刀の袋を下ろし、聞く。
その気づかいがとても嬉しい。
「ありがとう。でも疲れただろうから、いいでござるよ」
その気持ちだけで充分だ。

「うん。なんかね、さっきまではそうだったんだけど、剣心の顔見たら、疲れたなんて吹っ飛んじゃったわ」
だから手伝わせて。と言う少女に包丁を落としそうになる。
今のは不意討ちだ。
咄嗟に緩みそうになる顔に力を入れる。

「では、醤油がきれてしまったので、蔵に取りに行ってくる間、これを頼めるでござるか?」
そう言って、包丁を置く。

「分かったわ。まかせて!私だって少しは上手くなったんだから」
笑う少女に微笑み、台所を後にする。


自然に口元がにやける。

自分だけだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。



春のうららかな日射しに目を細める。

「拙者もでござる」

台所に帰ったら、そう君に伝えよう。


足取りが軽くなる。

今この気持ちを君に伝えたい。


緋色の髪が風に揺れた。




-END-
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ