捧げ物

□風にのせて
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草も青み、日射しも柔らかく感じられる。

もう春なのか。
ついこの間まで、吐く息は白く、この縁側からはしんしんと積もっていく雪が見えた。

後悔と自責の念で生きていたあの頃とは違い、ここで過ごす日々は驚くほど早く過ぎていく。
そして、その早く過ぎていく日々を幸せだと感じる。

大切な人が隣にいてくれること。
その人が笑ってくれること。

人が聞いたら、当たり前な事と笑うような事がいとおしい。
どれほど焦がれたか分からない。
君と生活を共にすることを。
君と共に過ごす日々を。


「ありがとう」
自然と口をつくのは感謝の思い。

剣心は体を倒して仰向けになり、太陽へ手をかざした。
逆光で黒くうつるそれは、確かに脈打ち、生きているということを教えてくれる。


「生きている」
知らず知らず呟いた言葉がくすぐったい。
弥彦や左之助あたりが聞いたら、馬鹿にされそうなものだが、まるで奇跡のような幸せを感じざるを得ない。



好きだ。
計り知れないほど君が好きだ。

この思いだけは貴女に勝っているという自信がある。
君の事を考えるだけで早まるこの鼓動はもはや救いようがない。

何度も捨てたこの命を、今は大切だと感じる。
一日でも長く君の隣にいたい。
一日でも長く君を感じていたい。


もし許させるのならば。



そんな事を君に伝えたら呆れるだろうか。



それでも、なお愛さずにはいられない。



君と過ごす日々を

君の笑顔を



薫、君を。





薄く目を閉じると、瞼の血管が透け、視界が赤くなる。
体全体で生を感じた。


心地好い風が髪を遊ばせる。



「ありがとう」


君に伝えることができるのなら。

この風にのせて
「ありがとう」





さわさわと木々が囁いた。




-END-
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