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□桜
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春の風が鼻をくすぐる。
ほのかに花の香りをはこんでくるそれに目を閉じて身をまかせた。

「もうすぐ桜が咲くわ。一緒に見に行きましょう」
そう言って少女が顔を綻ばせたのはまだ記憶に新しい。

剣心の顔が緩む。
こんな風に笑えるようになったのはいつからか。
考えるのはいつも同じ事。そしてまた、その答えも変わらない。


「剣心?」
聞きなれた声に目を開ける。
「おかえり、薫殿」
「ただいま」
微笑む剣心に薫の目尻も下がる。
「剣心が目を閉じてるから、どうしたのかと思ったの」
薫は縁側の剣心の隣に座り、先程男がしていたように目を閉じた。
「でも、剣心の気持ちも分かるわ。だってこんなに気持ちいい天気なんだもの」
「そうでござるな」
剣心はふわりと笑って、薫の前髪をすくった。
「くすぐったいわ」
クスクスと笑いながら、目を開けて剣心の手を両手で包む。
「おろ、そうでござるか」
剣心も微笑を消さず、もう片方の手を薫の手に添えた。
「春ね」
「春でござるな」
互いに繋ぎあった手がほんのりと温かい。

「一緒に桜を見に行こう」
剣心は薫の頬を撫で、一呼吸おいて続けた。
「二人で」
少女の微笑みが華のようなものに変わる。
「ええ、行きましょう」


「二人で」
互いの口から発せられる言葉は、春の風に花びらと共に流された。






君がいたから、君がいてくれたから。
生きていこうと思った。
生きたいと思った。

こうして笑いあえる日常がいとおしいと思えるのは。

そこに君がいるから。
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