遙葉書

□タイトル未定
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「…あの、おっしゃっている事がいまいち分からないのですけど」

「…ぁ、ワリ;ちょぃパニくった」

「ぱにく…?」

「混乱したって事だよ。こっちの人間カタカナ語通じねぇからなぁ…で、お前はじゃぁ何?えーと…“とうぐう”ってヤツ?」

「はい!僕は、東宮として京の民を導く為に…」


将臣の怪訝そうな顔付きに、彰紋は閉口した。


「…ちょっと待てよ。東宮とか京とかって、お前…今の天皇は安徳だぜ?まだ子供のアイツに皇子が居る訳ねぇし、しかももう亡くなったが、高倉院にお前みたいな年齢の子供が居る筈もない」

「…安徳天皇…?今の帝は僕の兄の筈ですが。何か誤解が」


不安そうに両手を握り締めた彰紋だったが、彰紋の手の甲を見た瞬間、将臣の顔色が一瞬にして変化した。


「ちょ、おま、ストップ!!!」

「はぃ?…すと…?」

「右手の甲見せてみろ!」


そう言うが早く、将臣は乱暴に彰紋の華奢な右手を掴み、まじまじとその甲を凝視した。
いや、正確に言うと甲ではない。
将臣はそこに埋め込まれた黄色の“玉”を見つめていたのである。


「お前、この玉どこで手に入れた?」


鋭い声に彰紋は身を竦ませた。


(…この玉は普通の人には見えない筈なのに…)


「…わ、分かりません…気が付いたらココに…」


猶もその蒼く鋭い眼差しに、動く事が出来ない。
暫しの沈黙が、荒野を吹き抜ける風に伴って二人の間隙を容赦なく突き刺す。
やがて将臣はゆっくりと口を開き、一言一言噛み締めるかの如く、彰紋に問うた。

「…お前、八葉、なのか?」

「!…何故、それを…」

「俺の知り合いに、コレと同じ色の玉を同じ右手の甲に持ってる男がいる」


信じられない。まさか。
地の朱雀の八葉は、自分一人ではない――――?


「変な事聞くが、お前、今の元号分かるか?」

「今は…堀河天皇朝の康和です」


将臣はこれで合点が行った、とでも言うかのような意味深な面持ちで頷いた。


「要するに、お前は過去からここに来た訳だな。お前の居た世界とこの世界では恐らく百年の差がある」

「そうですか。此処は百年後のせ…って、え、ええええええ!!!?」


喫驚に悲鳴を上げた彰紋は咄嗟に蒼褪めてその場にへたり込んだ。


「…ま、そりゃ驚くよな。俺なんか八百年も前の世界から…」

「…え」

「―――何でもねぇよ。でもさ、お前こんなトコで何してんの?」

「分かりません。気が付いたら此処に立ってました…どうしよう、元の世界に帰れなかったら、僕…」

「帰れなかったら…?」

「この世界の民として仕事を見つけて自炊します」

「…お前、馬鹿?」


てっきり自殺を想定していた将臣はガクッとバランスを崩して呆ける。


「…だ、だってしょうがないじゃないですか!それは、まず第一に帰る方法を何としてでも見つけなくてはならないですけど、本当に帰れなかったらそうする他…!!!」

「…やっぱお前箱入りの王子様なんだな。そんな甘ちゃん言ってたらこの時代食ってけねぇよ」

「…え…?」

「今は武士の時代だ。貴族の華々しさなんか平家以外には欠片もねぇ。平氏以外は人間じゃねぇ、そんな時代なんだよ。他所モンがそんな派手な格好して歩いてたらどうなると思ってんだ」


将臣の一際厳しい声色に彰紋はただただ身を竦ませるだけだった。項垂れて、それでも涙を流すまいとして、必死に唇を噛み締める。


「…僕…は」


そんな彰紋の姿に、さすがの将臣も頭を掻く。何とも言えない居心地の悪さを掻き消す様に将臣は努めて明るい声で切り出した。


「…あ〜〜…何だ、なんなら俺と一緒に来るか?俺は平家のモンだけど、お前さえ素性を明かさなければ世話くらいしてやる」

「…そんな、お気を遣わずに…」

「ばっか!んな事に遠慮すんなよ!!こっちがそう言ってんだから好意は有り難く受け止めるべきだろぉが!!!」

「は、はいぃっ!!!;;;」


将臣の気迫に敗れて彰紋は慌てて将臣の申し出に承知した。
一方の将臣も慌てて訂正。顔を真っ赤にさせて、


「…悪ぃ…俺結構不器用なとこあっから…気ぃ悪くすんなよ。コレでも心配してんだからさ…お前みたいな甘ちゃんで可愛いヤツ、不安でこの世界で一人にしておけねぇし」

「…あの、か、わぃ…/////」

最後の言葉に彰紋は素早く反応して顔を真っ赤に紅潮させた。今、可愛いって…?男なのに…普通可愛いなんて言葉、男の僕にとったら嬉しいとは言えない筈なのに、何だろう…何だかとても…嬉しい。


「…っ独り言!!ホラ、行くぞ!!!」


照れ隠しにサッと踵を返して将臣は荒涼とした丘を下っていった。その後を、重い着物を引き摺りながら慌てて彰紋が追いかけて行く。
こうして百年もの時を隔てた二人の生活が幕を開けることになる…





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