遙葉書

□桃香慕情
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帝の殿舎に参上すると、帝は御簾を上げて彰紋と対面した。


「彰紋…よくぞ参った。今日はお前に大切な話がある」

「存じ上げております。…兄上、お話とは…」


帝は少しだけ微笑むと、不意に真面目な顔付きになり、話し出した。


「実は、お前の将来の事についてだ。…聞く所によると、お前はまだ一度たりとも姫君達の元へ通っていないらしいな」


彰紋はドキリとして肩を揺らした。
彰紋が黙っていると、帝はそのまま話を続けられた。


「お前ももう子供ではない。そろそろ先の事を考えないと、後に響くぞ。私がお前に譲位し、お前が天皇の地位に就く暁には、早々に跡継ぎを考えねばならぬ。そんな時に、皇子の1人や2人居らぬでは話にならない」


やっぱり…最近、よく耳にする言葉だ。
どこを歩いていても、すれ違う心無い貴族達の、

『東宮様は、いつになったらお世継ぎの心配をなされるのでしょうな』

『かの有名な在原業平殿の恋愛観を少しは分け与えて差し上げたいものですな』

等と言った揶揄が聴こえてくる。

彰紋はギュッと裳裾を摑んだ。


「…その事は、百も承知です…けれど、僕は…」

「何か、思う所があるのか?」


帝は優しく問うた。
しかし彰紋は黙ったまま、理由を述べない。

言える、訳が無い…
自分は恋をしている。
身分違いの恋を。
それも、男性に――…

兄を信頼する気持ちは変わらないが、本当の想いを伝える事は不可能だった。


そのまま沈黙の時が流れ、とうとう理由を言えぬまま、彰紋は殿舎を後にした。

去り際に兄が残した
『今宵こそは、文をしたためて姫の元に通う様に』
と言う言葉と共に…

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