遙葉書

□タイトル未定
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「…ここは…一体何処なんでしょうか…」


荒涼たる野原、彰紋は一人唖然と突っ立っている。
自分は確かに東宮御所で漢文の稽古をしていた筈だ。それなのに、何故か今は荒野に唯独り…
一瞬の転寝が、一瞬にして彰紋を何処か知らない、未知界へと導いてしまったのだろうか。


「…取り敢えず、誰か人が居ないか確認してみましょう」


元々適応力が優れている為、動揺の余韻を残さず瞬時に思考を切り替え、辺りを見渡して見た所、どう云う訳か、人っ子一人、寧ろ動物の影さえも見えて気はしない。流石に不安を感じ、重い着物を下にその場に座り込んだ。


「兄上が心配するだろうな…夢とも思えないし、花梨さんと出会ってからは不思議な事が勃発するから納得のいく状況ではあるけど…」


独り寂しく呟きながら、刻々と迫り来る夕暮れを望む。徐々に茜色に染まりくる夕空は、逆境に立たされているとは言え、風流人である彰紋にとってこの上無い美景であった。


「綺麗…」

「お前の方が、全然綺麗だぜ」

「!!!!???」


――心臓が止まり掛けた。
突如自分の隣から聞こえた男の声に彰紋は飛び上がり、隙無くして素早く懐から短剣を引き抜くと、その刃の切っ先を男の喉元に突き当てた。


「…ちょ、冗談だっつーの。このベタなセリフ一回言ってみたかっただけ」


男は彰紋の瞬時の警戒行動に一瞬の動揺も見せず二カッと歯を見せて笑った。



「…ぁ…す、すみません…あなたは…」


いまだ動悸の激しい胸を押さえて、蒼い髪を風に靡かせて子供っぽく笑う精悍な顔つきの青年を見つめながら、慌てて短剣を下ろした。


「良いのかよ?まだ俺が危害加えねーとは限んねぇだろ」

「…あ、そうでした」

「…面白れーヤツ」


そう呟いて青年は腰を上げると、その場に立って彰紋を見下ろした。風貌からして20代前半だろうか。豪傑そうに見えて未だ少年のあどけなさを遺すその眼差しに彰紋は射竦められた。


「…なんか俺の知り合いに似てんな。アイツもうちょい若くした感じ…お前何歳?」

「じゅ…16です」

「俺は21。お前、名前は…ってこう言う時は自分から名乗るもんか。俺は、有川将臣。尤もここでは還内府なんて呼び名で呼ばれてるけどな」

「僕は、彰紋と申します。有川将臣殿…還…内府、ですか?あの、それはどういった官職でしょうか…聞いた事がないのですが」

「マジ?…お前、平家の人間じゃねぇの?スッゲ豪華そうな着物着てるからてっきり平家のヤツかと思ったぜ」

「平家…平氏の方ですか。氏には馴染みはありますが、僕は皇族の身ですので、平家では…」

「…皇族?…って、天皇とか皇太子とか昌子様とか愛子様とか学習院とかの皇族?!」


喫驚に目を瞬かせた将臣は、訳の分からない事を捲し立てつつ、彰紋の顔をじっと見つめた。
何故かは知らないが、彰紋はその強い眼差しから逃れる事が出来ず、しばしの間二人は見詰め合う事になる。


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