弟の囁き

□きれいな感情
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辺りを包み込む冷気

厚い雲の隙間から覗く黄昏



もうすぐ雪が降るのだろう











高台から家路を急ぐ人々を見下ろす。

日が暮れて、これからもっと冷え込むのに好き好んで屋外に居る者は自分を含めて極僅か。



──ついさっき

お馴染みの装束にマフラーという微妙なコーディネートで城の方へ急いで歩を進めていた彼女と

防寒着の類いを纏わずにふらふらと出歩いている自分ぐらいのものだろう。



「……忙しいのな」



親善大使ともなれば無闇に仕事を先伸ばしにする訳にはいかない。
日が沈みかけていようが登り始めようが関係ないのだ。

勿論、寒くても。



急ぎの用だったのか
ただ単に寒さを苦手とする彼女が少しでも早く暖を取りたいと思っていたのか
或いはその両方か

彼女は上方から見下ろしていた自分に気付くことなく歩き去っていった。



「ざーんねん」



意識せずに

ポロッと

己の口からこぼれ落ちた一言に苦笑。



最近、という訳でもないが。
彼女に出会ってから時折、ふと理解しがたい感情に襲われることがある。


擽ったいような
暖かいような

昔知っていたような

そんな、とても懐かしい感情。



それの正体を突き止めるべく、少しでも雑念を取り払おうとあえて薄着で屋敷を出てきたのだが……



結局は何も浮かばないまま時間だけが何事もなく過ぎていく。



もう完全に日は沈んでしまった。
セレスやセバスチャンは何も言わずに出ていった自分を心配しているだろう。



「帰ろっかな」



そう言ってみたものの足が動こうとしない。

まるで凍り付いたよう。



何故?



視界が城を映す。

まだ彼女が居るから?



分からない。




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