御伽噺の本棚
□過去があって現在があって
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『準備が整ったらヴォルトとの契約に行くんだってさ』
『失敗できない』
『…でも、失敗しそうで怖い』
『……みんなを傷つけそうで、怖いよ』
そんな会話を思い出してゼロスはミズホの民の封書をもらってからずっと感じていた嫌な予感が当たってなければいいと今日何度も思ったことを再度頭の中で思った。
しかし、ゼロスの思惑はよそにオロチは真っ直ぐに里の中心にある一番大きな屋敷に向かっていた。
一歩近づく度にゼロスの嫌な予感は色濃くなっていく。
そして、その入り口では副頭領のタイガが、やはり悲壮感を感じさせる表情で静かに立っていた。
「…頼む」
タイガはゼロスに目を合わせながら一言だけ口を開き、そのまま川がある方角へ向かって歩いていった。
そしてオロチも目でタイガと同じことをゼロスに示しながら玄関に目をやって、煙と共に消えてしまった。
確定した悪い予感にゼロスはもう何も言わずに玄関の引き戸を開けた。
見慣れた通路の光景が、しかしいままでこの家で感じたことのない重い空気で全く違うものに見える。
ゼロスはそれを無視して、そのまま真っ直ぐにある部屋に向かった。
そしてその部屋の引き戸の扉の前に立ち、ノックも呼びかけも全て無視して問答無用とでもいうようにガラッと開けた。
途端に目の前の光量が一気に減った。
雨戸という雨戸が閉められているからか光が全く部屋に差し込まないうえ、中の淀んだ空気が更に印象を暗くする。
そんな部屋にゼロスは何も言わずに静かに部屋に入り、そして部屋の隅で三角座りをして俯いている部屋の主の隣りまで歩いて、ドカっと座った。
「…よぉ、しいな」
「…………。」
『無視』というよりは『無反応』という言葉が相応しいほど少女、しいなの様子は全く変わる気配がない。
それでもただ息をしている気配があるだけでゼロスは安心した。そして、同時に苛立ちが起こった。
ゼロスは最初、放っておこうと思っていた。傷ついているときはそっとしておいたほうがいいときもある。
だが、今のしいなを見て気が変わった。
全身で生きることを放棄していた。
それが何故かゼロスにとってとても腹正しかった。