御伽噺の本棚
□赤色花弁
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そんな中でいつもは武器の手入れは就寝前に回し飄々と陽気に喋る、だが喋ると3枚目なゼロスがなぜか今日に限って夕食が終わった途端に入浴もせず武器の手入れを念入りにしだした。
仲間たちは『まぁたまにはこんなときもある』と気にも留めていなかったが、しいなだけは気紛れにしては少しだけいつもと違うゼロスの異変に気付いた。
夕方の戦闘のときから夕食時も今も、いつもよりゼロスが辺りを気にしている、と。
ちなみになぜゼロスの異変が解るのかは、しいながそれだけゼロスを仲間よりも多く見ているということに当の本人は少し気付いている。
また、それがどんな意味を持つのかも。
「…ま、完全無欠かつ無敵な戦う愛の伝道師である俺さまでもたまには憂鬱になるときもあるわけよ」
そんなしいなの気持ちを、人の心に機敏なゼロスは気付いていたりする。
そして気付いていても自分の気持ちを、しいなに対する愛情を打ち明ける気はなかった。
ゼロスが感じているしいなの愛情はまだ仄かな恋心。
『ゼロス』をもっと知りたいという、純粋な思い。
それに対しゼロスの愛情は、飢えに似た激情というにふさわしかった。
冷え切って凍える孤児が少々熱いくらいに温かいスープを望むように、心の温もりに飢えていた。
心中を誰にも悟られないようにしてきたゼロスは今更温かみを期待するようなことはしたくなく、またしいなを傷つけたくないといい理由で自分の激情を受け止めきれると思わないようにしていた。
そのことはさておき、ゼロスはただの気紛れと取らずに気にしてくれたことに嬉しいような困ったような笑みを浮かべて剣を部屋の光に照らす。
もう何代目かもわからないこの剣も幾百の命を刈って、それでもまだ光を鈍らせることなく返す。
「そうかい。…まぁ、なんかあったなら黙ってないで言いなよ」
「お、しいなが俺さまを心配するなんて!…ついに母性本能をくすぐる俺さまの魅力に気付あてっ!?」
「ふ、ふざけるんじゃないよっ! いいかい? 仲間だから! な・か・ま!」
「くうぅ…まったく、つれねーでやんの」
叩かれた頭をさするゼロスを置いてしいなは顔を真っ赤にして踵を返した。
そして捨て台詞のように「早めに風呂入りなよ」と言ってそのまま割り当てられた部屋に戻っていった。
ゼロスは「おう」と答えて、しかしその後ろ姿が消えてから今度は自分にしか聞こえないように呟いた。
「一仕事してから、な」