詩物語の本棚

□ふえおに
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クロアは夕日が橙色に照らすパスタリアの街並みを走りながら思った。
確かにモンスターを怖いと思うときはあるし、I.P.D.保護のときに詩魔法を自分に向かって放たれれば冷や汗も流れる。人間なのだから、逃げ出したくなるときだってないわけではなかった。
それでも、クロアは今まで感情に任せて逃げ出したことはないし、敵がいれば果敢に立ち向かってきた。問題があれば、解決するために奔走してきた。
しかし、とクロアは心で呟いてチラリと後ろを振り向く。

「待ってよぉクロア〜!」

「クロアっ! 命令です、止まりなさい!」

「逃げなくてもいいじゃん! ぷーだよ、ぷーっ!」

先ほどと変わらず後ろから凄い勢いで走って追いかけてくる三人を見てすぐにクロアは前に向き直った。
そして更に走る速度を上げる。クロアは追いかけてくる彼女たちの迫力のおかげで全く余裕のない半ば命がけの逃走劇のように思えて仕方なかった。

「…目を光らせて追いかけてくる相手の言うことが聞けるかっ…」

そんな独り言のあとに「だいたいなんであんなに怖いんだ…」と本音が出たが、それは女性の、まさに燃え上がるというに相応しい愛情がどれほどのエネルギーを持っているのかを知らない者の言葉だ。相変わらず少々鈍い主人公である。
そうして走るクロアの目の前にはすでにY字路が近づいてきていた。別れ道の行きつく先は、スラムと滝の見える広場。どっちに曲がろうか少し考えた末、クロアはスラムに向けて曲がることにした。スラムは元々治安が悪い場所だが最近はかなり良くなってきた上にクローシェ親衛隊『ガービッジローズ』のお膝元でもある。途中にモンスターが出て来る揚水歯車を通ることになるテルミナよりは追いかけてくる彼女たちも安全だという判断だ。
もちろん彼女たちから逃げ切る気であるクロアは、エレベーターの集まるテルミナなら撹乱できるということもわかっていたが、それを選ばないあたりにクロアの気遣いや優しさが見てとれる。
しかし、それが今回仇になった。
全力で曲がり角を走り抜けようとしたクロアを、黒い金属の塊が受け止めた。

「んぐっ!?」

勢い良くぶつかった衝撃で目を回しかけているクロアを、その黒い金属の塊は腕を伸ばしてクロアを脇に抱えると青白い炎を吹き出して宙に浮かんだ。珍しいものを目にして言葉を無くしている通行人をよそに飛び立とうとする、黒いロボット。

「待ちなさい!」

「クロは渡さないよっ!」

「行かせない!」

そこに、ようやく追いついた三人がロボットに飛びつこうとした。しかしロボットはそれよりも早く上に飛び上がって6本の腕をかわす。三人分の恨めしそうな目線がロボットに集中した。
そんななか、まるでそれに応えるように、それでいて挑発するようにロボットのハッチが開いた。
黒く長い髪が風に弄ばれるのを手で軽く抑えて、彼女は身を乗り出して彼女たちを見下ろす。

「こういうのは、早い者勝ちよ」

そう言って不敵に頬を釣り上げた。そして彼女たちがそれを認識した直後にはロボットはハッチを閉めて空を飛んでいた。
もちろん、脇にクロアを抱えて。

「「「ジャクリっ!!」」」

去っていくロボットの名であり彼女の名である言葉を叫ぶ三人の声は、パスタリアシティの半分の住民が聞いたとか。



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事の発端はジャクリのさりげない、それでいてかなり重要な一言から始まった。

「クロア。そういえば貴方、ココナと一緒に暮らしていたのよね?」

クロアの家で1日休むことになった一行は各自自由行動を取っていた。
具体的には、レグリスは装備を整えに、アマリエはそれにからかいついでについていき、クローシェとココナはファンシーショップへ、ルカはきなこあげぱんを買いに家を出ていた。
つまり家には今、クロアとジャクリ、そしてシュンとシュンに会いにきたフレリアがいるのだが、シュンはフレリアにかまっているため自然とクロアはジャクリと2人で喋っていた。
そんな中でふと何か気になったのだろう、ジャクリは居間に飾られたゲロッゴを見ながら口を開いた。

「ん? あぁ。もう2年くらいになるかな。それがどうかしたのか?」

いかにも問題なさそうに言うクロアにジャクリは少々呆れながらも、気付いた問題を指摘する。

「寝る場所も、確かココナの隣りよね? 今日も同じにするつもり?」
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