詩物語の本棚

□旅館で爆バク
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ライナーは焦っていた。
そして思う。夜空を見ながら貸切で二度目の露天風呂もいいだろうと思って来ただけなのに、これは何の因果かと。
今現在の装備は腰に巻かれたタオル一枚。それに対して彼を襲う脅威というのはあまりに強大だった。目前に、今まで彼が見たことのないほど大きな白い詩魔法の塊が、上空に伸ばした少女の手の平で轟々と余波で風を吹き荒らしながら存在している。
少女の感情の大きさを反映しているのか、戦闘時よりも圧倒的に早く大きくなりつつある。残念ながら、いつも彼を助けてくれるそれは、今は彼に矛先を向けていた。
ライナーの鍛え抜かれた戦闘の勘が全力で逃げろと警鐘をガンガン鳴らしている。そのせいか彼の腕には鳥肌すら立っていた。しかし同時に理性が、逃亡で得られるものが数秒の時間稼ぎと被害の拡大だと教えていて、彼は数瞬迷ってからその場から動くことを止めることにした。
彼は覚悟を決めた。今するべきことは自己の正当性の主張でも弁解でもない。白旗を振っての降伏だ。ちなみに「白旗を振る」というのは比喩だ。今の手持ちで実際に白旗を振れば露出狂の汚名と被害倍増のオマケ付きで、ライナーは吹っ飛ぶ。
ただ、そんなことを考えている間にも少女の上空で益々輝きを増しながら白色光球は大きくなっていく。そこに洒落なんてものは、某レーヴァテイルのネーミングセンス並に存在していなかった。

「あの、シュレリア様?」

ライナーは恐る恐る声をかけてみる。

「……………」

反応はない。
何かを呟いているということはライナーにもわかったのだが詩魔法の余波の風でほとんど聞こえず、顔が少し伏せられて前髪が目の辺りを隠していて、どんな表情なのかも見えない。
彼は知らなかったが、少女の感情、主に羞恥と怒りの部分がどれだけ沸き立っているのかを知りたければ、カラダを隠しているタオルを握る手を見るだけでよかった。強く握りしめられて、血の気のなくなった手を。



時を遡ること5分前。
何も知らないライナーが露天風呂への扉を開け放ったとき、同じく何も知らないシュレリアはカラダをお湯で流している最中だった。
当然彼は慌てて扉を閉め、少女も可及的速やかに近くにかけてあったタオルを取ろうとして手を伸ばした。
しかし、少しパニックになった状態で手を伸ばした少女は、タオルは取れたもののバランスを崩して盛大にコケたのだ。
そのあとはお約束だ。音に驚き思わず扉を開けた彼が見たのは、うつ伏せの状態から立ち上がろうとして、色々と見えてしまっている少女の姿だった。



そうして、現在に至るわけである。

「ライナー?」

「は、はいっ」

依然巨大なエネルギーの塊を片手に佇むライナー曰わく可愛い女の子で上司のひどく静かな声に、彼は肩を震わせて直立した。

「わたしが入浴中に突然入ってきたのは…まぁここは混浴ですし、決めた時間からは外れていますから、許しましょう」

決めた時間というのは、ジャックがあまりにも『混浴』という単語もしくはそれが示す内容に反応したために仲間内で、主に女性陣が決めた、男女で分けた入浴時間のことだ。今はすでに深夜といってもおかしくはなく、どちらの時間帯でもなかった。

「ですが」

少女の、入浴中だったからかポニーテールの形にまとめられた銀の髪が、風もないのにゆらりと揺れる。
キッとシュレリアはライナーを睨んだ。目は潤み、頬は湯のせいではない朱色が差している。しかも耳まで真っ赤である。
そして、想いを全力で叫んだ。

「何で2回も開けるんですかぁっ!!」

シュレリアが勢いよく手を振り下ろす。それに従って光の球が、正式名称プライマル・ワードがゴゴゴという効果音を幻聴させるほどその威力の高さを誇示しながらライナーに向かって落下してきた。
彼の悲鳴は爆音に消され、そして脱衣場の3分の2が消滅した。
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