御伽噺の本棚
□過去があって現在があって
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「はぁ…まったく、相変わらず方向感覚狂いそうな場所にあるぜ。しかも着くまでに魔物がウヨウヨしてやがるし」
「神子殿、過去ここに来た13回中に今まで11回ほど同じことをーーー」
「だあぁはいはいわかってますよっと」
森を歩くゼロスは鬱陶しそうにオロチの言葉を寸断してやっと開けた森の先に目を向けた。
開けた森、その奥にもう見慣れつつあった、しかし今までと違うミズホの里があった。
ミズホの里自体の外観はまるで変わっていない。他に対して閉鎖的な故に独自の文化形成を遂げてきたその里の姿は相変わらずだ。
ただ、相変わらずでないのは里の雰囲気だった。
静かだ。ただ、この場合の静けさの意味合いがあまりに違いすぎる。
いつもの静けさが春の爽やかな朝の穏やかな陽気とするならば、まるで今は真っ暗な冬の夜に静かに木枯らしが吹いているような静寂。
オロチはその静寂の中を切り開くように砂を踏む音をたてながら里に向かって歩き始めた。
ゼロスはその後ろを黙って着いていく。
そして歩きながら明らかにいつもより人が少ないとゼロスは思った。
たまにすれ違う人々もどこか影がある表情をしながら歩いていく。カラダに包帯を巻いた人や杖をつきながら歩いている者も多い。
裏の仕事が多いミズホの民。もちろん裏の仕事をやるからには強くならなければ生き残れない。
ゆえに必然的に高くなったミズホの民の戦闘能力、それはミズホを知る者なら常に高く評価されている。
そのミズホの民から神子であるゼロスに届けられた封書には、今まで誰にも借りを作ろうとしなかった彼らからの援助要請。
表向きは被害状況の視察として訪れたゼロスは事の重大性を改めて認識していた。
「…なるほど、確かに深刻だな」
小さく呟いたゼロスの独り言は、里の余りの静けさにオロチにも聞こえたらしい。
横目でゼロスを見たオロチは、また前を向いて口を開く。
「今から精神的に一番酷い人物に会っていただく。…我らでは、どうしようもない」
悲壮感が漂う背中を見ながらゼロスは今日何回目かになる、ある少女との会話を思い出していた。