御伽噺の本棚

□選択を迫られる、その前まで
1ページ/6ページ


「本日より導師守護役を任せられましたアニス・タトリン奏長です。よろしくお願いします」

そういってあたしが顔を上げて彼を見たとき。つまり、初めて導師守護役としてイオン様と会ったとき、一番最初に彼に対して感じたのは彼の「目」に対しての驚きだった。
あたしは家庭の事情が事情なだけに、人を観る目には少しだけ自信がある。
そして教会の中の信者は大抵3つに区分できる目をしている。
例えば、救われたがっている目。自分は被害者だとでもいいたげな苛々する目。
次に、視野が狭く澱んだ目。予言に、権力に、財産に執着している目。
最後に、より善く生きようとする目。精神的向上心をもって生きる、教会内でもごく少数しかいない目。
彼は、その3つのどれでもなかった。
救いを求めるわけでもなく、何かに執着するわけでもなく、それでいてより善く生きようとしてるわけでもなく、ただただ穏やかな目をしていた。
そして、あたしとあまり変わらない年のはずの彼は、穏やかなだけではなくその優しい碧色の目に慈愛と包容力を湛えてあたしを迎え入れてきた。
あえて情景で表すとするなら、どこか人の手の加わっていない森、その中央にある静かで綺麗な湖の傍らに生えた木を目の当たりにしたような感じだ。一見しただけでここまで感じさせる人もそうはいないだろう。
時が過ぎてあたしが彼の出生の真実を知ったあとに「あのときは導師として振る舞うことに一生懸命だった」という話を苦笑混じりにされたが、それでもいくら改革派の導師として教育されてきたとはいえ彼は導師としてというのを超越して『人間として』善良だった。そして『善良』という言葉がこれほど似合う人に、おそらくあたしはもう二度と出会うことはないだろう。
閑話休題、そんなことがあたしの頭の中を駆け巡っているとは彼は露ほども知らなかっただろう。
あたしが少しの間呆けていたのを緊張して固まっているとでも考えたのか、唐突にこういった。

「では、アニス・タトリン。早速の仕事ですが…お茶と茶菓子を持ってきてください」

「…はい?」

「丁度仕事が一段落つきましたから、休憩をとります。それと、あなたも同席するように」

言葉の最後は彼の目の碧色と同じく、とても優しい微笑みで締めくくられた。安心させようとするような、気遣いの微笑み。
あたしはそのとき初めて罪悪感で少しだけ息が苦しくなった。こんな穏やかな目をしていて仕事と称しながら気遣いができる人に対して、最初から間者として近づかなければならない自分が、ひどく嫌だった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ