御伽噺の本棚

□興味で始まり愛情で終わる
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『神子』。

最初は漠然としかわからなかったその単語が実は、俺を縛る『宿命の鎖』として機能していることを真に理解したのはセレスの母親が処刑されたあとからだった。

二人分の鮮血が、言葉が、憎悪が俺に巻きついて夢に現れ俺を苦しめては消えていく。
毎日毎日それが続き、狂いそうで狂えない地獄など通りこしたような日々。
その中でやっと神子の宿命を悟ったときには、セレスはすでに孤島に実質的には島流しにされてしまっていた。

皮肉なことに神子という肩書き、厳密に言えば『世界を救った女神マーテルの子』という肩書きをもつ俺の周りは、誰一人として救われていない。
おふくろもセレスの母親もセレスも…そして俺自身も、誰も救われなかった。

だからこそかもしれないが、俺は神子でありながらマーテル教よりも己のみを信じ、最後には己以外に誰かを信じようと思えなくなった。

また、見栄と裏切りと罠が主成分の貴族の世界で独りになってしまった俺が一番確実に生きるために、俺は武器であるおふくろ譲りの美貌で『多くの情報と人脈をもつモノ』、つまり女を入手しようとした。
もともと人の心に敏感だったらしい俺は何時の間にかどんな女でも口説ける話術を身につけ、更にあらゆる場面で有利に事を進めることができる狡猾さも習得していた。

そうして2年も経たないうちに『ゼロスである俺』は『神子である俺様』になった。『俺様』になってから1年後には、もう誰も『俺』が見えないようになったと思った。

それが間違えだとわかったのは16才の誕生日のときだ。

その日は偶然、哀れにも思える女たちを連れてメルトキオを歩き回ることはせずに1人で平民街を行き交う女に声をかけていた。庶民の女も意外と良い情報を持っていることがあるからだ。

昼下がりで少し人通りが減ったそのとき、たまたま歩いていた俺様の目の前を横切ったやつが、少し気になった。
そいつは黒真珠を連想させるような滑らかで珍しい色の髪をもったやつで、珍しい服装をしていた。
多分俺様より年下だ。
そして、そんなことよりそいつは、神子と知らずとも思わず見てしまうような俺様の姿形に一瞥もくれずに通り過ぎていく。

それがどうにも気にかかって、つい「やぁ、そこの黒髪のハニー♪」と俺様は声をかけていた。
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