始まりの場所

□兆候
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「やはり貴女は殺しておくべきだった」


背筋に悪寒が走った。
体は自然と畏縮して、震えが生じ出す。
それをさせているのは向けられてる銃口か──それとも、六道くんの瞳か。

六道くんは私を見下ろす。冷酷で、無情な目で。

もう、六道くんに温かさという雰囲気は微塵も無かった。
相手に一瞬の隙も与えないような圧力と、感情を一切消した表情。

そこに優しさも無ければ、ふざけたような態度も馬鹿にしたような態度も無い。

同じだった。一番初めに六道くんと会った時と。
襲われて逃げていた時、彼が敵に向けて放っていた空気と、全く同じだった。

向けられたその空気に、体は恐怖に縛り付けられる。
でも私はその恐怖以上に、何故 という疑問ばかりだった。


「あ、の……」


息が詰まり、声が震える。
六道くんは私の言葉に反応すると、目を軽く細めて先を促した。


「な、なんで……」


彼の放つ威圧感に耐え、声を喉の奥から絞り出す。
彼はそんな私を見て少し間を置くと、何故? と口端を上げて言った。


「それは僕より、貴女の方がよく分かっているでしょう」


ぐ、といきなり右腕を掴まれ、圧迫感を伴う痛みが走った。
六道くんは私が逃げられないように、その大きな手で強く握る。

そして銃口で、私の袖をゆっくり上へたくしあげた。

そのことにより、あらわになる模様。

心臓が、ぎゅっと縮み込んだ。


「標識──まさかこれを持っているとは」


六道くんは視線をそれに落としたまま、淡々と話す。
伏せられた瞳に温もりは感じられない。


「僕が何故、貴女を殺さずにいたか分かりますか?」


質問されているのに、答えられない。声が、喉の奥から出てこなかった。

六道くんの声、表情、全てが冷酷そのもの。

怖い と、ただそれだけしか感じられなかった。


「それは、貴女が僕と同じ立場だと思ったからですよ」


そう言って、銃の先で模様をなぞる。


「けれど全くの思い違いでしたがね」


一層低くなった声にびくりとした。
私の腕を強く掴む反面、模様を撫でる力は優しい。それが彼の冷たさをより強調しているようで、逆に私の恐怖を煽った。

でも、恐縮に負けてる場合じゃない。

違う……違う。

私は六道くんが思ってるようなものとは違うんだと、彼に、伝えないと、


「……わ、私は、違う。六道くんが思ってるような、この世界の人間なんかじゃ…」
「何が違うんです。こんなものを持っていて、何が違うと?」


遮られた言葉に口をつぐむ。
ここで黙り込んではいけないと、頭では分かっていた。でも言葉が出てこない。
もう完全に私を信じていない声色には、失望の色も滲んでいる。

呆れられることは多々あっても、失望されたことはなかった。
私を信じたことが愚かだったと、自嘲するかのように零した笑みに胸がつまる。


「…っ違う、私は本当に、この世界の人間なんかじゃないよ! 私だって、昨日突然この模様が現れて、訳が分からない状態で…」


伝えたくて、信じてほしくて、必死に言葉で表そうとしても上手く出てこない。


「……本当に、なんでこんなものがいきなり現れたのかなんて、私にも分からないよ。……でも、これを持ってても私は、六道くんの敵なんかじゃない」


信じてほしい。六道くんには、絶対信じてほしかった。
もっと上手く伝えられればいいのに、何て言えばいいのか分からなかった。
胸の中で言葉と感情が絡み、もつれ合う。
気持ちを言葉に表したくても、それらはちゃんと出てきてくれない。

あんな言葉で、ちゃんと伝わっただろうか。六道くんは微かに眉を寄せて私を見ている。何を考えているかなんて読み取れない。

沈黙が流れた。ここだけ周りの空間から切り離されたように、一秒一秒が長く感じる。

そしてしばらく黙っていた彼は、ゆっくりと口を開いた。


「僕は今まで他人を信じずに生きてきた。……それは、何としても貫くべきでしたね」


六道くんは眉根を更に寄せる。


「情が移る前に、貴女は殺しておくべきだった」


そう言って、あまりにも辛そうな顔をするから。
私は息をすることも忘れて、ただ彼を見ていることしか出来なかった。

静かに、再び銃口を私に向ける。私の腕を掴んだ手は離さず、力も緩めない。

目頭が熱い。殺されるんだという恐怖と、何より信じてもらえなかったという悲しみ。

眉を歪めて私を見下ろす六道くんの瞳は、どこか悲しげに揺れているようにも見える。

──ああ、また、




また、彼に殺される。




無意識にそう思った瞬間、心臓がぎゅっと拘束されたように苦しくなった。
同時に生まれたのは、激しい違和感と動揺。
今しがた思ったそれは、自分でも疑問に感じた。



また、って 何──?



銃口から伝わるヒヤリとした冷気と、得体の知れない何かで拘束されたようなこの感覚は、そういえば覚えがある。

六道くんと別れる前に一度、銃の使い方を教わったあの時、彼はふざけて私に銃を向けた。

これは、その時感じたものと同じ感覚だ。でも……


でも、私はこの感覚を、もっと昔から知ってる気がする。


いつ、かなんて分からない。ただ確かにこの感覚は知っていると、体は訴えている。

気持ちが悪かった。
得体の知れない感覚、感情が、胸裏で渦巻く。

自分のことなのに、これが何なのか分からない。
分かりそうで分からないもどかしさ。
これが分かれば六道くんの誤解が解けるかもしれないという、根拠のない思いが焦りを生み、心臓を速める。

待ってほしい。
もう少しで何か分かりそうなのだと彼に伝えようと、私が口を開くより先に六道くんが口を開いた。


「やはり情なんてものは持つべきじゃない」


そう、どこか諦めたような笑みで言う六道くんを見て、胸がざわつく。


──情、というものを持ってしまうなんて。



頭が、痛い。


──それを持ってしまった時、先に待っているのは苦痛だけだ。



六道くんの姿と重なって頭の中に流れてくる、ぼやけた映像。

銃口を向ける、六道くんとは別の人物が、霧がかったように頭に浮かび上がった。

何なのか、分からない。

懐かしくも感じるそれは、胸が張り裂けそうな程苦しい。


──嫌いじゃないですよ。



「貴女のこと、嫌いじゃなかったんですが」


重なる。六道くんの言葉が。

頭の中の、映像と。

辛そうに銃を向ける目の前の六道くんと、全く別の人物が、頭の中で重なって見える。

懐かしい、人──私は、この人のことを知っている。



そう、か



そうか……そうだ。私は彼を、




六道くんを、ずっと前から知っていたんだ。




「また、会いましょう」




銃声が鳴り響いた。
衝撃と同時に激痛が走る。

でも、きっとそれもすぐ終わる。

昔のように、彼は私が長く苦しまない方法を取ってくれるはずだから。

せっかく思い出したのに、またこんな形で終わってしまうなんて。

また、彼の手で命を終えてしまうなんて。

霞む視界に、らしくなく眉を下げて私を見つめる六道くんの姿が映る。




ああ、今度はもっと普通の出会い方で、



もっとたくさん話せれば と、



意識が薄れる中、昔と同様そう思った。














2009.03.07.


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