始まりの場所
□決意
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「老、婆……?」
いきなり六道くんの口から出てきたその言葉に、動揺を隠せなかった。
今、確かに彼は『老婆』と言った。
そしてそれが、帰るための当てになってると。
なんで老婆という言葉が出てきたのか、考えを巡らせる。
でも行き着くのは、悪い考えばかりだ。
六道くんは、やっぱり私と老婆が知り合いだと思ってるんじゃないだろうか。
何を思って、老婆が帰るためのヒントになると思ったのか分からないけど、まだ私を疑ってるかもしれない。
ぐるぐると、そんな考えばかりが浮かび上がる。
現に、老婆と会った直後、そんな感じじゃなかったか。
あれからいろいろあって忘れてたけれど、あの時から六道くんとの雰囲気が嫌なものへ変わった気がしていた。
「……なんて顔してるんですか」
そう言って困ったように笑っている六道くんを見て、ハッとする。
「何を勘違いしてるのか分かりませんが、貴女を泣かせようと思って言ったことなんてありませんよ」
「え?」
「顔、泣きそうです」
眉、下がってますよ。
そう言って、私の眉尻に軽く指を添え、キュッと上へ上げた。
いきなり触れられたことに、さっきとは違う意味で動揺した。
「なっ……!ちょ、なに…っ」
「おや、貴女はすぐ表情が変わる。前から思ってたんですが、変な顔が得意ですよね」
「へ、変な顔って!」
随分失礼だ。しかも六道くんは楽しそうに笑ってるものだから、絶対私のことをからかってる。
なんだか悔しくて何か言い返したかったけど、頬に熱は集まってくるし、心臓は無駄に速いし、私は何も言うことが出来なかった。
でも、六道くんのこの雰囲気が私をホッとさせたのは確かなことだった。
「僕がさっきあの老婆を口にしたのは、ここまでで唯一謎が残ってるからですよ。どうせ他にやることがないんです。あの人物を探しましょう」
そう言って、私から指を離す。
六道くんのその言葉は、まるで私が心の中で思っていたことへの返事のようで、一瞬呆然としていた。ああそうだ、そういえば、彼は読心術を心得ているのかもしれないんだっけ。
さてそろそろ行きましょうか、と言って六道くんは表通りへと足を進める。そんな彼を、私は咄嗟に引き止めた。
「あのさ!」
六道くんは足を止めると、不思議そうに振り返った。
引き止めたのはほかでもない。今、ここで言っておきたいと、もう一度だけ伝えておきたいと、そう思ったから。
「私は、本当に老婆と知り合いなんかじゃないよ」
六道くんにはどうしても信じて欲しかった。ただそれだけの想いで絞り出すように声を出し、六道くんを見据える。
六道くんはそんな私を見て一瞬目を丸くすると、呆れているかのような、やれやれとでも言いたげな笑みをこぼした。
「知ってますよ。それは聞いたじゃないですか」
声が、建物と建物を挟んだこの狭い空間を響かせて、耳へと入ってくる。
六道くんの声は、もう押し殺したものではない。
「……私のこと、信じてくれるの?」
そんな私の言葉に、彼はわざとらしく肩をすくめると、口角を緩めて言った。
「さぁ?どうでしょうかね」
それから私達は、何のヒントもないまま、ただ老婆を見つけるという目的だけで町を出た。
路地から町を出る間、なるべく人目につかないようにこっそりと、尚且つ素早く動いた。
いくらこの町の中が争い厳禁だと言っても、他人と戦わなければいけない掟があるこの世界で、二人でつるんでいるのは珍しすぎる。
町を出る時に目立つと標的にされかねない、という六道くんの考えからとった行動だった。
そう、この場所では、他人と行動を共にする私達は異様なんだ。
だからこの町に居た人達は、全員私達へ視線を向けていたのかもしれない。私が一人の時も見られていたのは……やっぱり服装なのだろうか。
よく分からないけど町を出た今、いつ殺されてもおかしくない状況下に再びなったというわけだ。
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