始まりの場所

□真相
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「首、一体どうしたんですか」


真っ暗な路地。
表の道からそこに入り、少し進んだ所でしゃがみ込むや否や、いきなり六道くんにそう言われた。

あの後、私達は町の外へは出ずに、路地へと身を潜めることにした。表の道では目立つため、話すこともままならない。
この路地に街灯は無い。あの女性と会った時と同じだ。まさに隠れるには持って来いな場所。
同じ不気味な場所でも、六道くんと一緒にいるのといないのとでは全然違う。

それにしても、六道くんが言った言葉の意味がよく分からなかった。


「え、首?」

「首に血がついてたんですが、何かあったんですか?」


ひそひそと、出来るだけ小さな声で話す。
私はそっと自分の首に触れてみた。
触った感じ、異変があるかどうかは分からない。痛みもないし、傷もなさそう。

首に血がついているなら、原因はきっとあの時だ。

首を絞められた、あの時。

この血は私のじゃなくて、あの女性のだろう。そういえば血の臭いがしたことを思い出す。

彼女は本当にケガをしていたのだろうか。
もしくは、この血は彼女のものでなく、他の誰かのものかもしれないけれど。


「たくさんついてる?」

「ええ、結構目立ちます。だからあの薬売りに話しかけられたんでしょうね」


で、どうしたんですか、と再度訊ねてくる六道くんの方をジッとみる。暗闇に目が慣れてきても、六道くんの姿は見えにくい。

ごまかす理由なんてないけど、何となく言いにくい。でも、ごまかしはきっと無理だろう。
私はとりあえず、かいつまんで話すことにした。










「それで、その時相手の血がついた…って訳ですか」


呆れたような口調。
呆れたというより、ちょっとキツい感じがする。
私はだんだんと身を縮み込ませ、視線を彼から外しながら話していた。話を進めるにつれ、六道くんが呆れてる、というのが直に伝わってきた。表情はよく見えないし溜め息も聞こえなかったけど、彼によく呆れられているからか、雰囲気だけで分かる。


「貴女は何をしてるんです。何のために銃を貸したと思ってるんですか」

「……ごめんなさい」


怒られてるような雰囲気に体が強ばり、六道くんに小さく謝る。
そんなこと言われたって、あの時はそこまで頭が回らなかったんだ。銃を取り出して反撃するなんて、殺されかけてパニックになってる私に、出来るわけなかった。
そう言い返したいのに、六道くんはやけに威圧感があるから、それらの言葉は口から出せなかった。ただ、肩をすぼめることしか出来ない。
六道くんはそんな私を見て、今度こそ呆れていることをはっきり示すように溜め息をもらした。


「今までは何とか死なずにすんでますが、そんなこと続きませんよ」

「……はい」

「とりあえず、無事で良かった」


そう言って、また溜め息。
でも今度の溜め息は呆れているようなものじゃなく、安心から出てるような、そんな感じのものみたいだった。
全く思いもしなかった言葉と態度に、私は逸らしていた視線を六道くんに戻す。


「銃はカバンに入れとくんじゃなく、手に持ってなさい。次に危ないと感じたら迷わず撃つこと。いいですね」

「……うん」

「全く、貴女は本当に手のかかる人ですね」


苦笑、してる。
暗くて見えにくいけれど。
もう少し明るければ良かったのに、と思った。


「まぁその話はもう終わりです。本題に移りましょう」


チラリと表通りの方を見て誰も来ないことを確認した六道くんは、少し身を寄せ、更に小声になる。


「情報収集した結果、いくつか分かったことがありました」


自分の体が、一気に緊張したのが分かった。
私は頷いて先を促す。


「まず、今まで襲われたのはちゃんとした理由があったみたいです」

「……それって、此処の人達がただ狂ってる、ってわけじゃないってこと?」

「ええ。と言ってもただイカれてる という人も多いみたいですが、どうやら、入口で見たあの模様が関係してるらしい」


ドクン、と心臓が脈打った。
私は乱れそうになる呼吸を抑え、平静を保とうとした。


「あの、模様…?」

「そうです。入口にあった無数の模様、もちろん覚えてますよね?」

「うん…」

「この世界の人間は、一人一つ、あそこにあった模様が皮膚に刻まれているらしいんです。それは一人一人違うみたいで、言わば標識ですね。個人個人の」


"薬は標識二枚と交換だ"

あの言葉が蘇る。
もうこの時点で、分かりたくない事実がはっきり分かってしまった。


「それが、この世界ではお金の役割を持っている」


心臓は忙しなく動いているのに、頭は、ああ やっぱりそうなんだ、とやけに冷静だった。
真実をはっきり聞いてしまえば聞いてしまうで、諦めのような気持ちが動揺を抑え込む。
たぶん、あらかじめ何となく分かっていたのもあったからだろう。
私は心臓を落ち着かせるため、六道くんに分からないようにそっと深呼吸した。


「……だから此処の人達は、それを手に入れるために襲ってくる、ってこと?」

「そのようですね。お金が無ければ食べ物等が買えない。生きていく為に他人を殺す、という感じですかね。この町は、必需品とその標識を交換する場所らしいんです」

「そう…なんだ」

「そもそもこの世界では、他人と戦わなければならない掟があるみたいなんですが」


それは、全く思いもしなかったことだった。
他人と戦わなければいけない掟?そんなふざけたものが存在しているなんて。
でも今更、特別驚くようなことじゃなかった。此処は、全てがおかしい。それはもう分かりきってること。

ただ、その掟があるなら、私と六道くんはどうなるのだろう。


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