始まりの場所

□老婆
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「ああ、コレですコレ」


傷口をつつかれてからしばらく歩いた後、六道くんはそう言って地面に生えている草を取り、私へ渡す。


「…? コレ何?」

「それは傷に効きますよ」


大きな葉と、太目の茎を持つ植物。
六道くんはその茎を折るよう指示するので、私はそれに従った。


「その出てきた液体を傷口につければ、その位の傷なら早めに治るはずです」


私はただ呆気にとられて、うんともすんとも言わずに六道くんを見ていることしか出来なかった。
まさかこんな知識を持っているなんて、しかもそれを私に教えてくれるなんて、昨日の冷たさを知っていたら誰が思うだろう。


「クフフ、そんなに見つめられても」

「!、なっ、違…!」

「感謝して下さいよ。そのままほっとくと、そこから感染することもあるんですから」


全く、貴女は昨日から本当に世話が焼ける。そう心底、それはもうこれ以上ないくらいに深いため息をして言う彼に小さく謝った。
でもいくら彼がとても呆れているような態度でも、なんだか嬉しくて思わず頬が緩む。


「まぬけな顔してないでサッサと済ませて下さい」

「……」


……でも、やっぱり毒舌なのは頂けない。


一言余計なんだよな、そう思いながら、六道くんに言われた通り傷口に塗ろうとしていたその時だった。

突然、ゾクリと背中に走った悪寒。

六道くんがハッとしたように危ない!と大声を張る。それと同時に背後からガサリと音がした。私はそれに振り返る。
何かが草むらから勢いよく飛び出した。速すぎて何が出てきたのかわからない。六道くんがとっさに私の腕を引く。その瞬間私の横をその「何か」が通り過ぎた。そして同時に左腕に走った鋭い痛み。痛い!何が起こったのかわからない。左腕は熱を発し出す。焼けるような痛み。とっさに触ったが、その瞬間激痛が脳天を突き刺した。
バッと腕を見ると真っ直ぐな線から勢いよく流れ出していた血。
その時にようやく私の脳は理解した。そう、私は何かに斬りつけられた──!


六道くんが私の前に一歩出て何かを見ている。視線の先には、1人の人間。老婆だ。
髪の毛はボサボサでモップのように束なっている。何重にも布を重ねたような服、傷跡がいくつもある顔、焦点の合ってないような目、手に握られた斧──刃には血が付いている。私の、血だ。


「貴様を探してたぞ。やっと見つけた」


しわがれた声で老婆は言った。口は裂けそうなほど弧を描いていて、むき出しになった黄色い歯は不自然にギザギザと尖っている。


「……僕に用があるんですか」

「お前じゃない。用があるのはその小娘だ」


老婆は焦点のあってないような目で私を見る。敵意のこもったその視線に体が硬直した。
私に用があるって……な、なんで?私はこの人のことなんて知らない。なのにこの人は私に怨みがあるような目で見ている。さっきも六道くんに腕を引いてもらわなかったら、私は死んでいたに違いない。
なんでこの人は私を殺そうとしてるの?

思わず六道くんのシャツを握る。六道くんはそれに気づいて、片方の手で私の手を包んでくれた。
老婆は怪訝そうに眉をしかめている。


「おい小僧。わしはお前に用はない。邪魔するならお前から殺すぞ」


殺気がピリピリと肌を突き刺す。私でさえわかる程の、強い殺気。息をするのも許されないようなその雰囲気に耐えられず、逃げ出したくなる。


その時、空気がざわついた


老婆が放っている殺気とはまた別の感じが、辺りを支配する。


──何かが起こる


私の本能がそう言っている。何か起こる。体の中もざわついて身震いする。
この空気を放っているのは、六道くん…?

六道くんが私の手を強く握った。
そして反対の手で持っていたあの槍のような凶器を少し上げ、トン、と地面を叩く。

その瞬間地面に亀裂が入った。軽く叩いただけなのに、どんどん亀裂は広がって──そして地面が崩れていく!
思わず悲鳴を上げた。地面が、足下が、なくなっていく。振動し、すごい音を立てて全てが奈落の底へと落ちていく。
私のまわりはほとんど崩れ、少しでも動いたら落ちてしまう。底は、ない。見えない。

な にこれ…嫌だ、嫌だ嫌、落ちる──!

六道くんが私の手を更に強く握った。それにハッとして彼を見る。彼はまるでこの状態が見えていないかのように、至って普通だ。

なんで──そう言おうとした時、またあの殺気がした。殺気のする方向へと顔を向けた瞬間、黒い影が目に入る。速い。そしてその瞬間、金属音がすぐ隣で響いた。

何が起こったのかわからない私の隣には、六道くんと、老婆の姿。それぞれの武器がギリギリ音を立て、ぶつかりあっている。


「……おや、貴女には効かないんですか?」


老婆の斧を片手で受け止めながら、六道くんが老婆に問いかける。そして次の瞬間、私から手を離した。
六道くんは素早く両手で武器を握り、老婆を払いのける。その衝撃で私はバランスを崩した。


「ッ!」


──落ちる!


しかし、予想していた浮遊感はやってこない。その代わり尻餅をついた。同時にさっき斬りつけられた腕の傷から、脳へ激痛が走る。声にならない悲鳴。頭をかち割られたような痛みが私を襲った。
痛くてたまらなかったが、私の意識はすぐに別のことへと向いた。
地面──がある。さっき凄い勢いで崩れ落ちていた地面が、今は元通りになっている。ひび割れている所さえなく、何事もなかったかのようだ。おかしい。なんで? そして鳴り響く金属音にハッとする。そうだ、六道くんは無事だろうか?

短い間隔で鳴り続けている、武器のぶつかり合う音。辺りを見回す。見えるのは素速く動く影だけ。速すぎて何が起こっているのかわからないけど、あの影は六道くんと老婆のものなんだろうか。

ひときわ大きな音が鳴り響いたと思うと、私から少し離れた所に2人の姿があった。互いに距離をとり、向かい合っている。老婆は物凄い形相で六道くんを睨みつけている。


「貴様、小娘をかばうような真似をしよって……そんなことが許されると思ってるのか!」


しわがれた声を喉の奥から絞り出すように怒鳴っている老婆を、六道くんは冷めた目で見ている。
2人を取り巻く冷たい空気。
そして無言の睨み合いが続いた後、老婆はゆっくり後ずさった。視線は六道くんに向けたまま。でも殺気は私にも向いているに違いない。こっちを向いてないのに睨まれているような感覚。体が恐怖で強張る。
老婆は六道くんと私から距離を少しずつ置いていく。そして六道くんが攻撃を仕掛けてこないのを確認すると、獣のような速さで立ち去った。

殺意のこもった言葉を、私へと残して。


「小娘、貴様は必ず殺す」










2008.06.22.

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