始まりの場所

□神隠し
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その後すぐに聞こえてきた、ガサガサという草をかき分ける音。

そしてジャリ、と石を踏む音が続く。


──来た……!


未だに整わない自分の荒い呼吸を無理やり押し殺し、目を固くつぶった。
震えて今にでもしゃがみ込んでしまいそうになる足を必死に踏ん張る。


こっちに来ないで……


心臓がドンドンと胸を叩く。
足音は2、3回聞こえたところでピタリと止まった。
辺りが急に静かになる。

心臓の音が頭にまで響いている。男は動こうとしない。私を探してるのだろうか。嫌だ、こっちに来ないで。お願いだからそのまま通り過ぎて……!

しばらくして再び響いた砂利の音。一歩一歩、ゆっくりとした間隔で響いている。
肺が震えて自分の呼吸の音が聞こえそうになってしまう。男の足音が響く。
ゆっくり、こっちに向かっている──!





とそこで再びピタリと止まった。

そしてすぐまた歩き出したかと思うと、今度はだんだんと遠ざかっていく。

耳に全神経を集中させる。足音が完全に消えるまで息を必死に殺し、ジッと耐えた。冷や汗は流れ、手と足も力が入らない。

徐々に小さくなっていく砂利の音。
そしてそれは消えていき、辺りに静寂が広がった。


行った……?


ホッと力が抜ける。泣き出したい。でもダメだ。安全だと確認するまで、泣いちゃダメだ。

足音が消えたのを耳でしっかり確認し、そっと木から離れて砂利道を覗き込んだ。


いない……


男は私に気づかずに行ってくれた。よかった。助かったんだ。
でもまだ安心は出来ない。早く、安全な場所に行かないと……。
そう思っていても足が、体全体が震えて立っているのがやっとだった。これじゃ進めそうにない。
とりあえず震えて言うことを聞かない体を落ち着かせるため、木に寄りかかろうと、一歩下がった


その瞬間、


トン──と背中に何かが当たった感覚。

木の幹じゃないその感触に、心臓が鷲掴みにされる。
そして突然、後ろから何者かの手で口を塞がれた。


「動くな。騒いだら殺す」


すぐ後ろから聞こえる低く冷たい声。
首もとに何かの切っ先が当てられている感覚に背筋が凍った。

体が震える。背中から初めて感じる殺気というもの。捕まった。殺される。いやだ……死にたくない……!

目から涙がこぼれ、嗚咽が漏れそうになる。
恐怖で、呼吸も上手く出来ない。

突然、口を塞いでいた手に力が入り、グイッと後ろに引かれた。後ろにいた人物は私の肩を掴み、木の幹に叩きつける。
ザラザラとした硬い木の表皮が背中に当たって痛い。


怖い…──!


ギュッと目をつぶり、歯を食いしばる。
肩は強く押さえつけられ、首もとにまた切っ先が突きつけられた。


「並盛高生、ですか」


上から降ってきた冷たい声。
怖くて、怖くて膝がガクガク震える。私は倒れ込まないように、足を踏ん張ってジッとしていた。
すると肩を押さえていた男の手が離れ、

私のあごを掴み、グイッと顔を持ち上げる。

それにより合う視線。
目の前にいる人物はさっきの男と違った。
髪はセンター分け。暗くて顔がよく見えないけど、無表情で冷たく私を見下ろしているのはわかる。
それが私の恐怖心に拍車をかけた。


「君はどうやって此処へ来たんです?」


敬語なのに冷酷さを含んだ言葉。
質問されてる、早く、答えないと──


「友、達 と、はぐれ て、知らない うちに……」


顎が震えるから震えた声しか出なかった。
男は片方の眉をつり上げ、私を見下ろす。まるで何かを探っているかのようなその視線から、目を逸らしたくなる。でも私はその衝動をグッと抑え、男を見据えた。今、目を逸らしたらいけない気がする。
冷たい視線。怖い。何を考えているのかわからない。私を殺すのだろうか。一秒一秒が長く感じる──とそこで、男の右目にふと違和感を感じた。
暗くてよくわからないけど感じる違和感。何だろう。何かが違う……?

その感情が顔に出てしまったのか、男の眉が微かに動いた。そのことにハッと我に返る。
そんな私を、男は変わらず無表情で見下ろしていた。
そしてしばらくすると、特に何も言わずに顎から手を離した。同時に切っ先も首もとから離す。その後もう用はないといった感じの視線を私へ向け、男は踵を返して去って行った。


殺されずに、すんだ……?


森の奥へと足を進める男の背中を、震える体を支えながらジッと見据える。どうやら私は助かったらしい。男は私を殺すつもりはないみたいだ。そのことに心底ホッとした。
思わずへたり込んでしまいそうになるが、私は尚もそれを堪えた。涙が溜まった目元を手でぬぐい、腹部にグッと力を入れる。


「あ、のっ!ここ、どこですか……っ?」


さっき殺されそうになった人物に声をかけるなんて、どうかしてる。それでも私は聞いておかなきゃいけない気がした。ここは並盛のどの辺りなのか、どこへ行けば住宅地へ出れるのか、それとも……。
また殺されそうになったらどうしようという不安と恐れと同時に、やけに冷静な私の頭は別の不安要素を追加していく。

男は立ち止まり、顔を半分こっちへ向けて言った。


「…さあ。僕も君と同じようなものなので」


再び歩き出した彼を見る私の頭の中では、いきなり途切れたさっきの一本道と、ハルが言った言葉が繰り返されていた。


『昔、ここで何度も神隠しがあったらしいんですよ』








2008.04.06

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