始まりの場所

□神隠し
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ジャリ、ジャリ、と石を踏む自分の足音

風が木々の葉を揺らす音


全ての音に集中し、目を辺りへ配らせながら1歩1歩進む。
獄寺くんとはぐれて1人になった私は、本気で肝試しをするはめになってしまった。

『昔、ここで何度も神隠しがあったらしいんですよ』

ハルが言ったその言葉が頭から離れない。でも正直今は神隠しのことよりも、もっと現実的なことで不安や恐れがつのっていく。もし、いきなり野犬が出てきて襲われたりしたらどうしよう。それとも、もし変な人でも出てきたら──

そんなことを考えるのは恐怖を煽るだけだとわかっているけど、いくら楽しいことを考えようとしてもいつの間にか悪いことを考えてしまう。
こんな暗闇の中を1人で歩くなんて正気の沙汰じゃない。
胃やら内臓やらがギュッと縮みこみ、心臓は自分でもはっきり分かるほど大きく鼓動している。今にでも走り出しそうな脚を抑えているのは、同時に恐怖心も抑えるため。走り出してしまえば絶対恐れの気持ちが暴れ出す。そうなったらパニックになるだけだ。

両側は相変わらず藪が続いていて、いやに威圧感がある。
昼間は散歩コースとしての役割を持っている割には手入れが行き届いてない。草は伸びたい放題という感じだ。獄寺くんと歩いてた時はそんな風に感じなかったけど、あの時はそんなに注意を払ってたわけじゃなかったから、気づかなかったのかもしれない。


「ツナ…大丈夫かな」


さっき響いたツナの叫び声が頭から離れない。考えてしまうと怖くて仕方なくなるから考えないようにしてても、やっぱり気になってしまう。
ツナはなんで悲鳴を上げたんだろう。もしツナの身に何かあったなら、一緒にいたハルは…?
でもハルの声は聞こえなかった。それならきっと、ツナは何かに驚いただけなのかもしれない。うん、きっとそうだ。聞こえたのは1回きりだったし、絶対そうだ。

ツナたちは大丈夫、そしてもうすぐゴール地点に着くはず…努めてそうポジティブに考えながら一歩一歩進んでいた時だった。

ふと目に入った、少し先にある1つの街灯。

とても弱々しい光だけど、砂利道をぼんやりと照らしている。松明に似たような形をした変わったデザイン。見たことがない街灯だけど、光があるということに少しホッとした。無いよりマシだ。
そしてよく見ると、少し離れた所にもポツポツとあるじゃないか。もしかしたら、もうすぐ住宅地に出るのかもしれない。


なんだ、よかった──


そう思った瞬間、別のものが目に入った。


ここから少し離れた道の真ん中に、黒い1つの影。


暗くてよくわからないけど、少し太り気味の男性が私に背を向け、ポツンと道に突っ立っている。

私はとっさに懐中電灯の明かりを消した。
見つかってはいけない。本能がそう言っている。

明かりがあるとは言えこんな暗闇の中、しかもこんな時間帯にこんな所で1人で道に突っ立っているなんて、おかしすぎる。

速まる心臓。今まで以上に恐怖が体を支配し始める。

見つかっちゃ、ダメだ。とても危険な気がする。逃げなきゃ。気づかれる前に。早く、逃げなきゃ──

そう思っていても体が言うこと聞かない。目もその男から離せず、体は凍りついてしまったかのように動かせない。


動け…!そっとこの場から離れるんだ……!!


いくら脳が命令しても、私の体は全く動かない。
そんな状態に焦っていると、私の視線に気づいたのか、男はゆっくり振り返った。

合った視線に体が強張る。
男は最初は顔だけ、次に体をゆっくりこっちに向けた。
そしてその動作を目で追っていた時、男の手元を見て思わず息を呑んだ。

鈍く光る刃物

それはとても大きな出刃包丁で、そこから何かがポタリと滴っている。

そして男の足元にある、細々とした"物体"

"何"かなんて、考えたくない

体が動かない。
ジワジワと、恐怖が全身を侵食していく。

男はしばらくそんな私を見た後、口の端を上げてにやりと笑った。暗くてよく見えないはずなのに、笑ったのがはっきりわかった。

それがスイッチだったかのように、私の体は勢いよく走り出す。そして今度はそれが合図だったかのように男が奇声を上げた。
後ろで響く石を踏み鳴らす音。男が追いかけてきているのは、後ろを振り返らなくてもわかる。

怖い…!早く早く、捕まったら殺される──!

追われている感覚に首筋から背中にかけて悪寒が走り、泣き出したいのをこらえる。後ろから聞こえてくる奇声。震える足に鞭打ってただ元来た道をひたすら走った。誰か、早く街に出て誰か助けを呼ばないと……!
焦る気持ちと裏腹に、いつまでたってもさっきの分岐点にすら辿り着かない。しかもあろうことか、いきなり道が途切れて目の前に背丈の高い草むらが広がった。


「なっ、なんで……!」


分岐点から道はずっと1本だった。そこを戻ってきたのに、歩いてきたはずの道がなくなっている。
なんでなのかわからない。でも今はそれどころじゃない。後ろで足音が近づいてくる。
訳が分からないまま私は草をかき分け、その草むらへと逃げ込んだ。自分より背が高い草は頑丈で、うまくかき分けることが出来ない。茎は太くて固く、足元にも絡みついて何度か転びそうになるが必死にこらえた。
後ろではガサガサと草をかき分ける音。まだ追いかけて来ているという事実に、怖くて全身が震える。カラカラに渇いた喉が痛い。

ふと、いきなりかき分けていた手が軽くなった。それと同時に草むらから出る。
私の目の前にはさっきと同じような砂利道が横切っていた。そしてその道をはさんだ向こう側には、鬱蒼とした森。私はすぐさまその森へと駆け込んだ。焦りながらもなるべく幹の太い木を探し、男が来る前に1本の大きな木に身を隠す。
カバンを胸の前でギュッと握りしめてなるべく体を小さくし、酸素を大量に欲している肺も必死に抑え、息を殺した。

全神経を耳に集める。



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