短編変換なし(白)

□始まりを探す前に
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コンコン、と控えめなノック音が聞こえて返事をすると(犬が)、いかにもおそるおそるといった様子で部屋の扉が開いた。そこから姿を現したのは、そのノック音から察した予想通りの人物だった。

「なんら、おまえかぁ」
「こんにちは、犬ちゃん」
「……こんにちは」
「クローム、こんにちは!千種くんもこんにちは」
「うん」

どうしたのか聞くと、彼女はちらっと部屋の奥を見てほっとした様子でまたこちらを向いた。

「あのね、」
「おや、また君ですか」

彼女が話し始めようとしたとき、後ろから掛けられた声に彼女はぎくりというかびくりというかそんな感じに体を硬直させた。俺の方を向いていた顔も強張って振り向きたくない、でも振り向かなければといった様子だ。そして音をつければぎぎぎとでも聞こえてきそうに後ろを振り返った。

「ろっ六道さん!いいいらっしゃったんですか」
「まるで僕がいたら不都合とでも言いたいようですね」
「そそそんなこと!!」
「さて、どうなんですかねえ」

彼女がびくびくしながら慌てふためいているのは百人見たら百人ともにわかるぐらい確実だ。それが骸様が現れたことによってなのもあからさまな程にわかる。

「それで」
「へ……?」
「何ですかその間抜けな返事は。仕事をしに来たんでしょう」
「あっはい、そうです!」
「さっさと用件を言いなさい」
「は はいっ!あの、ですね……う わあっ!」

彼女は手に持っていたファイルや書類の束から抜き出して何か渡そうとしたかったのだろうがそれは叶わなかった。焦っていたこともあるのだろう、何をどうしてそうなったのか抜き出そうとした拍子に手に持っていたものをすべてぶちまけてしまった。どさっと落ちたファイル。ひらひらと舞い落ちる書類。さらに慌てふためき急いで拾い集める彼女。クロームはそれを手伝い、犬は笑っている(多分悪意はない)。俺は近くに落ちてきたものを拾って渡す。彼女は本当に申し訳なさそうに何度もクロームと俺にごめんねとありがとうを繰り返した。

「まったく、何してるんですか」
「すっすすすみません!」
「本当にそんなのでよくボンゴレの秘書が勤まりますね」
「うっ……」
「綱吉も何を考えているんですかね、こんな使えない人間をずっと使っているなんて」

相変わらず彼女に対する骸様の言葉は結構に辛辣で、それに相対する彼女は大概いつも涙目だ。

「おや、泣くんですか」
「な 泣き、ません!」
「そうですよね、泣く前にもっとしっかりする方が先ですよね」
「……」
「まあでも、その泣き顔を見るのも面白かったかもしれませんね」

彼女は息を詰まらせてそれを飲み込んだ。言い返せずに、その目いっぱいに涙をため込んでいるけれど、彼女は一度たりともそれを流したことはない。そんな彼女の強さを好ましく思うけど、骸様はどう思っているのか。面白がっているのか気に食わないのか、はたまた俺のように、もしくは俺以上に好ましく思っているのか……いずれにせよ厄介だと思う。

「で、何でしたっけ」
「……っあ、あの、これボスからです」
「またパーティーですか」
「えと、同盟ファミリーが集まるものなので、守護者は必ず出席するようにとのことです」
「嫌です」
「そっそんな困ります!」
「僕は困りません」
「なっ……!でも、ボスやボンゴレにとって困りますから」
「誰が困ろうとも僕には関係のないことです」

軽く笑みを浮かべたままあっさり言い放つ骸様に、彼女は再び浮かんできた涙に耐えながら「でも絶対、絶対出席してください!失礼しました!」と来たときとは違いばたばたと出ていった。感謝してもしきれない恩人であり尊敬もしている。一生付き従っていこうと思うのはこの先も変わらない自信はあるけど、彼女に対する骸様の態度には溜め息を吐きたくなる。思わず「骸様……」と零してしまった。

「何ですか」
「いえ、」
「……かわいそう」
「骸さん、大人気ねーびょん」

直後に犬の叫び声が響いて、クロームと俺はもう一度溜め息を吐いた。


★ ★ ★


ばたばたと廊下の方から聞こえてきた足音が止まったと思ったらばったーんと部屋の扉が開いた。

「ボ、ボスううううう!!」
「おかえり」
「っうう ただいまです…」
「またいじめられた?」

そう尋ねると彼女はぽたぽたと溜め込んでいた涙を落とし始めた。よしよしと頭を撫でると「ろ、ろっ、六道さんが」と話しだす。こういうことは今回が初めてじゃない。

「すみません……あんな出てき方したから、六道さん、来ないかもです……」
「ああ、大丈夫大丈夫!なんだかんだでちゃんと来るタイプだからあいつ」
「うぅーでも、」
「来ないんなら雲雀さんの方が確率高いから大丈夫」

それはそれで全然大丈夫じゃないし、何を以て大丈夫なのかもよくわからないけど、それもそうですねと彼女がちょっと笑ってくれたから善としよう。それにしても、まったく骸にも困ったもんだ。毎度のごとくうちのかわいい秘書をいじめてくれて。まあ気持ちはわからなくもないけどね。でもそろそろ骸に焦ってもらおうかな。

「ねえ」
「はい?」
「骸に一泡吹かせてみない?」


★ ★ ★


本当に何で僕が、とも思うけれど、一緒に来た三人(主に犬)が目を輝かせているのでたまには、と思ってしまうあたり僕も甘いものだ。

「では僕は綱吉のところに行って来ます」
「骸さーん、もう肉食ってもいいれすか」
「……千種、後は頼みましたよ」
「…………はい」

既にテーブルに並んだ料理に釘付けの犬とちらちらとデザートを気にするクロームと深く溜め息を吐いた千種を後にした。犬が食べ散らかしてしまう前にさっさと戻ってこようと思い綱吉を探す。少し歩くとこの広い会場でも案外早く彼の姿は見つかった。

「綱吉」
「あっ、骸じゃん。ちゃんと来てくれたんだね」
「守護者は強制参加と言ったのは君でしょう」
「……あの、こんばんは」

綱吉の後ろからおずおず顔を出して挨拶をした人物に固まってしまった。何故ならそれはここには来るはずがない人物で……どうして彼女がここにいる。こうした場所が苦手でいつも来てないんじゃなかったのか。思わず「何で君が……」と零してしまうと彼女は一瞬肩を震わせ小さく「すみません」と言った。

「まーた、いじめてる」
「いじめてなど、…少し驚いただけです」
「今日は俺が無理矢理連れてきたんだーたまにはって。ね、ね、似合ってるでしょ」
「うわっ、ちょ、ボス!」

背中を押され僕の前に出てきた彼女はもちろん普段のスーツではなくパーティードレスで着飾っている。

「……馬子にも衣装ですね」

また彼女は体をびくつかせて下を向いた。綱吉は「またそんなこと言って。もう知らないからな」と言うと、彼女に飲み物を取ってきて欲しいと頼んだ。彼女はすぐにこの場を離れて行った。

「正直に似合ってるって言ってあげればいいのに」
「……何を考えているんです」
「ん?骸に焦りを感じてもらおうと思って」
「…意味がわかりません」
「ほんとに?あの子結構モテるんだよ」
「何の話ですか」
「んー、あ、ほらあれ見て」

そう指された先を見るとグラスを持った彼女がこちらに戻ってくるところで、どこかのファミリーの男から声を掛けられているところだった。

「綱吉!何を考えてるんです!」
「だからさっき言ったじゃん、骸に焦ってもらおうかなって。それより行かなくていいの?彼女の性格考えたら今ものすごーく困ってるよね」
「そんな状況にしたのは君でしょう!」
「じゃあ俺が行ってもいいの?」
「君、ほんと性格悪くなりましたよね」
「褒め言葉として受け取っとくよ」


★ ★ ★


ボスに飲み物を頼まれたのはいいんだけど、どうしてか戻ることができない。声を掛けてきたのは同盟ファミリーの人でどうやら幹部でもあるみたいで無下にもできない。それ以前にこういう対応自体が苦手で……だからパーティーとか嫌なのに!どうしよう、どうやってボスのとこに戻ろうと悶々と考えていたときだった。

「飲み物を取りに行くだけで随分時間がかかりますね」
「ろ、くどうさんっ」
「ボンゴレのボスから頼まれているものなので、彼女を連れて行って構いませんか」

有無を言わせないような笑顔で男の人に言った六道さんは「行きますよ」とわたしの手をつかんで歩きだした。いつのまにか持っていたグラスも奪われていて、そして既にそれはもう六道さんの手にもない。気のせいだろうか、歩いていく方向はさっきまでボスがいた方ではない気がする。

「あの、六道さんどこに」
「帰ります」
「はい……ってええええ?!」
「何ですか、うるさいですね」
「いや だって、ボスに、そんな勝手に、えええっ?」
「いいんです」

なんだかよくわからないけれどわたしは連れて帰られるらしい。何かまた粗相をしてしまったのだろうか。今日はまだ六道さんに怒られるようなことはしてない……と思うのに。今日の会場はボンゴレの敷地内だったからあっという間に本邸に着いてしまった。ああこれからまたいろいろ怒られたり嫌味を言われるのかな

「六道さ―――んぅ!」

と思いながら声をかけたら唇に何かがぶつかる感触がした。すぐにキスをされたんだってことは理解できたけど、キスってええええっ!?

「えっ、えっ、六道さん?あの、今、ええっ?!」
「あれくらい振り切れなくてどうするんですか」
「へ…?」
「まったく、君は隙を見せすぎなんですよ」
「は あ、」
「聞いてますか」
「はっ、はい――――って痛っ!ちょ、痛いです!」

六道さんが何に対して怒っているのかいまいち理解できないでいると(大体何でキスされたのかもさっぱりわからない)、ぎゅうううと頬をつねられた。涙が目に浮かんでくるぐらい痛い。手をぱっと放された頬をさすって六道さんを見るとなんだかまだ何か言いたげにちょっと眉を寄せていた。

「六道さん…?」
「……金輪際パーティーには出るな」
「………へ?」
「大体何ですかそのドレスは、肩出しすぎです」
「いや、これはボスが」
「言い訳するな。襲われたいんですか」
「なっ…襲っ、襲われ!?」
「まあ、そのために戻ってきたんですけど」
「ちょ、なにを言って、」
「ほかに手を付けられては堪りませんからね」

これまでに見たことないくらいいじわるで楽しそうな表情でそう言うと、ちょっぴり優しさが混じったように笑って耳元に唇を寄せてきた。思わずぎゅっと目を瞑るとすぐ近くで微かに笑い声。

「だから、僕のものになってくださいね」

心臓はばっくんばっくんして、頭はくらくらして何がなんだかわからない。だけど六道さんの声が今まで聞いたことがないくらい優しく響いて、もう一度重なってきた唇を受け入れた。そんなわたしはとっくに六道さんに落ちてるのかもしれないなあと思った。


始まりがどこかを探るよりもとりあえず今を抱き締めるのが先でしょう


「それから、名前で呼びなさい」
「えっ」
「何で僕だけ違うんですか」
「いえ、それはその、」
「もういいです。いいから呼べ」
「(ほんとむちゃくちゃな人だなあ…)ええっと、骸 さん?」
「よろしい」
「(うわあ!頭撫でられた!今の笑顔きゅんってきた!)」




2010.1.4 花村


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