短編変換なし(白)

□沈黙の蒼
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沈黙の蒼

静寂の夜空には三日月が妖しく浮かび上がり、星がぽつり、ぽつりと小さいながらも光を発している。
日中は空を映し出したように抜けるような碧であった水面も、今はダークブルーとなり、穏やかに揺れている。
蒼くて、深くて、飲み込まれそうだ。

風がふわっと吹いたかと思うと白いワンピースのスカートが空気を含み、揺れるのを感じた。





死んで、詫びなければ。
私は、ファミリーを危険な目に遭わせてしまい、数名を死なせてしまったのだ。ボスである私が責任をとらなければならない。
生前、燦々とした太陽のような笑みで笑いかけてくれたファミリーを思うと、舌の奥がぎゅっと熱くなった。どくどくと胸が鼓動を刻み、膝は動揺に揺れる。

ぎゅっと目を瞑って歩を波打ち際まで進ませた。

ぱしゃ、ぱしゃ

耳を水のはぜる音が突き抜ける。

静かな辺りに響くのは水の音だけ。

どんどん、もっと奥深くまで、
罪償いをしなければ。

そう、私は、死ぬの。

脚の付け根まで水面がきたときであった。



「死ぬのですか」



後ろから、テノールの声がした。
その声は余裕さを持っていながらどこか穏やかであった。


しかし構わず私は歩を進める。



「誰だか知らないけど貴方に、関係無いじゃない」


「クフフ…そうですか」


余裕そうに言う「彼」に腹が立ち、思わず振り向く。
バシャッと海水がワンピースの胸元を濡らした。

「とめないでよ、」

声が涙を帯びているのを自分でも感じる。今にもしゃくりあげてしまいそうで、ぐっ、と体を強ばらせた。

砂浜に立つ彼は射抜くようにこちらを見ている。



「誰もとめてなどいませんよ」



驚愕した。色違いの紅と蒼の瞳と目線がかち合った時、思わず身の毛がよだった。

正確には、動けなかった訳なのだが。




「死にたければ、死ねば良いのです」


「なっ、」


何を言っているのだこの人は。目の前で死のうとしている人に、平気で非情な言葉を投げ掛けるとは。



「何いって、るの」

拳がふるふると震える。下唇をぐっ、と噛み締めた。



「それとも、死ぬ勇気が無いのでしょうか」



面白そうにくつくつと笑う彼。
確かに、そうだった。 死ぬ勇気、か。毎晩毎晩ここへ来ても決心が出来なかった。死への恐怖が私の脳内を埋め尽くすのだ。

ファミリー達は苦しみながら死んでいったというのに。私はなんて身勝手で、
めっぽう寂しがりで、
そして、






「悪いのは貴女ではありませんよ」








その言葉が、欲しかったのだ。

気付けば目から涙が溢れ出し、頬に伝っていた。思わずそのままさっきとは逆方向にバシャバシャと音を立てながら走り出す。
残り少ないファミリーが待つ、陸へと上がるために。やっとの事で砂浜まで着いた私は、思わず座り込む。
水を吸ったワンピースが脚にへばり付いて背筋がぞくっと震えた。


隣にいる彼が私にふんわりと上着を掛ける。
死ねばいい、と言っていたかと思えば優しい気持ちが見受けられ、冷たい肢体が少しだけ熱を帯びた。



「貴女を必要としている人がいる事を忘れてはいけませんよ」



彼の一声一声が脳髄まで響くようだ。
脳内に浮かんでは消えるファミリーの顔。

死ぬとき彼らは言っていた。

「ボスだけは生きていてくれ」

と。


それさえも裏切るのか、私は。胸に沸き上がるのは自分に対しての怒り。ふつふつとそれは強さへと変わる。


死んじゃ、駄目だ。絶対に。




「それでも死ぬというならば、お好きにどうぞ」


目の前で微笑む名も知らない彼に向かい、否定の意を込めて首を横に振った。











「ボスは強くなきゃ。心までね」





彼は満足そうに微笑むと私の額にキスを落とした。
驚く私を気にも留めず、彼は私の耳元で最初に私に呼び掛けた時と同じ、
あのテノールでこう呟いた




「貴女は面白い人だ」




彼の言葉が大気を震わした瞬間、
私は禁煙を破ったようにくらくらしながら深い深い蒼色の瞳を見て思った。


嗚呼、まるで海みたいではないかと。








(海は言いました。死にたいのなら私の体で死にゆきなさいと)(しかし人々は皆否定の意を込めて首を横に振りました)(美しい海を、自らの亡骸で汚す事に身震いがしたのです)(また、深い蒼と広い広い海を見るだけで死ぬ気持ちなど消え失せたのです)
















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