短編変換なし(白)

□群れの定義
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ギィと錆びた音を発するドアを開けると、冬の気配を少し含んだ風が頬を撫でた。夏を過ごし終わった太陽は地表へ熱を優しく運ぶ。

暑くもなく寒くもなく。

こんな日に屋上でひなたぼっこをしようと思っていたのは、どうやら私だけでなかったようだ。


「あれ、先客かぁ」
「ここは今使用中だよ」


学ランを下に敷き、足を軽く組んで寝ころんでいた雲雀くんはチラッとこっちを見た後そう言った。
私はその言葉を気にせずにフェンスへ近づく。


「お気になさらず。私はこっちの端っこに居るだけだから」
「僕が群れるの嫌いだってこと知ってるよね」
「知ってるし、私は群れるつもりないよ」
「一人がいいんだけど」
「じゃあ応接室行けば?あそこなら一人になれるでしょ」
「……何、咬み殺されたいの?」


体をゆっくり起こし、切れ長の目から鋭い光を放って私を睨んだ。
そしてトンファーを取り出しながら近付いて来る雲雀くん。

そんな彼に多少怯えながらも前言撤回しないのは、彼が脅しのためだけにトンファーを手にしている、ということが分かっているから。
前もそうだったから、今回もそれで殴られたりはしないだろう。(たぶん)

案の定、逃げ出さない私を見た彼は眉間にシワを寄せたと思うと大きなため息をつき、トンファーをしまって私の隣へ来た。

正直殴られなかったことにホッとしながらフェンス越しにグランドを見る。
サッカーやら野球やらしながら昼休みを満喫している生徒でいっぱいだった。


「あんなに群れて…イラつく」
「あはは。じゃあ見なければいいのに」
「…………」
「…………」
「……何かあったの」
「え?」
「屋上、君あんまり来ないでしょ」


目線はグランドを向いたまま雲雀くんはそう言った。

"何かあったか"なんて聞かれてドキリとした。屋上には確かにあまり来ない。そんなことを知ってるなんて、彼はここの常連客なんだろうか。


ふと空を見上げると、薄い雲が風にのって少しずつ動いていた。
秋の空は晴れていてもどこか寂しい色を含んでいる。感傷的にさせるその空を見たくて此処へ足を運んだのかもしれない。
無意識のうちにこのモヤモヤした気持ちを涙と一緒に流したかったのかもしれない。


「雲雀くんってさ、強いよね」


問いの答えになってない言葉を聞いた彼は、怪訝な顔をしてこっちを向いた。
何、今更。と顔が言っている。


「まさか思うけど今頃気づいたわけ?」
「ずっと前から知ってたけど気付いたのは最近かな」
「言ってることおかしいよ。頭、大丈夫?」


酷いな。大丈夫だよ。
だからその本気で心配してるような顔、やめてほしい。


「喧嘩が強いっていうのはずっと前から知ってたけど、心も強いっていうのは最近気づいたってことだよ」


そう、雲雀くんは心も強い。だからこそ群れを嫌ったら独りでいられるんだと思った。
そう思い始めたのは最近のこと。前まで本気で雲雀恭弥という人物を恐れていたからそんな風に考えたことなかった。

私は時々わからなくなる。本当の自分がどれなのか。
友達と居るのは楽しいけど、それは上辺だけなような気がして。
はしゃいで笑って楽しく過ごしても、どこか疲れてる自分がいる。家に帰って一人になると、"友達と一緒にいる時の自分"は本当の自分じゃないように感じて仕方ない。
結局は演技して付き合ってるんだ、と思ってしまう。
ストレスも溜まったりして嫌になる時もあるけど、独りになれないのは私が弱いから。

独りになる勇気がないから周りと上手く合わせる自分。

彼がよく言う"草食動物"っていうのに私はぴったり当てはまっているんだ。
群れていないと怖がり、安心できない草食動物に。


そんな弱い自分が嫌でしょうがないのにどうしても強くなれない。


「心も強いなんて雲雀くんって凄いなぁって最近思い始めたってことだよ」
「何それ。最近までわからなかったの。僕が弱いとでも思ってたわけ?」
「いや、弱いとは思ってなかったけど……というかそんなこと考えたことなかったかな。今までは威張って偉そうで喧嘩っ早くてただ怖い人、って思ってただけだったから」
「ワォ、君結構言うね。咬み殺すよ」
「え、なんでさ。誉めてるのに」
「全然誉めてないよね」


大きく溜め息をついた雲雀くんはまたグランドへと視線を戻した。
最近雲雀くんと話してるとなんだか楽しい。(度が過ぎると本気で死にかけるけど)

肌に触れる少し冷たい風が気持ちよくてフッと目を閉じてみる。
何か解決したわけではないのに心の中のモヤモヤは消えていた。雲雀くんと話していたからだろうか。彼は実は癒し系なのかな、と思うとなんだかおかしくて思わず頬が緩んだ。
何気持ち悪い顔してるの。という彼の言葉ですぐ元に戻したけれど。

グランドの声と混ざって予鈴の音が聞こえてきたので教室へ戻ろうと思い、それじゃと雲雀くんに一言言って彼に背を向けた。


「ねぇ」


突然聞こえてきた声に振り向く。雲雀くんはまだグランドを見たままだった。


「疲れたら応接室にくれば」


草食動物一匹ぐらい縄張りに入れてあげるよ。そう言って振り向いた彼は口の端をつり上げて笑った。

思わずドキリと跳ねた心臓。それに焦りなんとか返事をした後逃げるように屋上を後にした。頬が熱い。

冷静になって雲雀くんの優しさに気付いた時、私の中に新しい気持ちが芽生えたことは言うまでもない。




群れの定義

(草食動物と群れてるから疲れるんだよ)








20080313.

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