「探しましたよ」
カサリ、と落ち葉を踏み鳴らす音が耳に届いた。
的場さんは一歩一歩、ゆっくりと私に近づく。
目をそらせなかった。
笑みを浮かべて近づく彼から、視線を外せられない。
体も、動かない。
腕が、脚が、内臓までも微かに震えている。
「ずいぶん遠くまで来ましたね」
そう、ニコリとして言ったのとほぼ同時だった。
いきなり背後から両腕を掴まれ、後ろで締め上げられたのは。
後ろを見れば、さっき肘打ちした妖。
的場さんの式が、キツく私の腕を拘束している。
「い、痛……っ!」
「だから大人しくしてて下さいと言ったのに」
的場さんは相変わらずの表情で、私を見下ろす。
「勝手に動かれては困ります」
ぞくりと、うなじの毛が逆立った。
穏やかな態度、穏やかな表情、そして穏やかな口調。
なのに冷たさが含まれていて、それが一層私の恐怖心をかき立てる。
でも、ダメだ。何故か的場さんに対しては不安や恐れといったものは見せず、毅然とした態度を示した方がいいような気がした。
震えを抑えつけるために、そして痛みに耐えるために眉をしかめ、半ば睨むようにして的場さんを見上げた。
ギリ、と後ろで腕を締められ、痛い。
さっき打った背中の痛みも引いていなかった。
「あそこからは結構距離があるはずなんですが、ここまで一人で来たんですか?」
「……そうです。ひたすら走って来ました」
痛み耐えながら、オドオドしないようはっきり答える。
ここで名取さんの名前を出したら、まずいと思った。
逃げていた私を名取さんが助けてくれたなんて知ったら、的場さんはあまり快く思わないはずだ。
それに夏目やニャンコ先生の名前なんて、特に出さない方がいいだろう。
名取さんや夏目やニャンコ先生に、これ以上迷惑をかけたくなかった。
「おや、ここまでひたすら走って逃げてきたなんて……ずいぶん怖がらせてしまったようですね」
そう、まるで申し訳なさそうに眉根を軽く寄せて、的場さんは苦笑いしているように見えるけど、内心は別に申し訳ないとは思ってないはずだ。
それはきっと的場さん自身も隠すつもりはないんだろうし、だからこそ、言葉はただの建て前といった雰囲気がこっちまで伝わってくるのだろう。
「本当にそう思っているなら、離してもらえませんか」
「残念ながらそれは出来ませんねぇ。離したら、君はまた逃げ出すでしょう?」
そういえば、と思い出したように的場さんは続ける。
「君には驚きましたよ。生理現象を装って逃げ出した上に、肘打ちで妖に膝をつかせるなんて。凄いですね」
そう言いながら、笑みは崩さずふと目を細めた。
「一連の行動を見て、よく分かりました。君を普通の人間と同じように扱わない方がいい」
作った笑顔は、あの時と同じもので。
『それなら余計、詳しく調べる必要がありそうですね』
あの時と同じように、冷淡なもの。
そしてあの時と同じように体が強張る。
もう、気丈になんか振る舞えないかもしれない。
そんなことを思っていた時、いきなり首に衝撃を受けた。
訳が分からないうちに、視界が霞み始める。
「すみません、少し大人しくしてて下さい。また逃げられては、たまったもんじゃないので」
そう言った的場さんが視界からだんだん消えていき、私の意識も一緒に遠のいていった。
2009.10.01.