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□この想い全て…
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「俺の誕生日おとといなんだけど…」


榛名の機嫌はすこぶる悪かった。
普段から感情の起伏の激しい榛名が、突然不機嫌になったりすることは良くあることだ。
しかし、今回ばかりは100%自分が悪いと自覚している高瀬はただただ平謝りするしかなかった。


「だからホント悪かったって!忘れてた訳じゃないから!」


5月24日は榛名の誕生日である。
そして今日は5月26日。

そう、あろう事か高瀬は榛名の誕生日をスルーしてしまったのだ。

土日は部活や練習試合があり、お互い忙しかった。
それは以前から分かっていることだったので、榛名も会えない事に文句を言っている訳ではない。
だが普通は電話なりメールなり何か一言あっても良いのではないか。
自分たちは仮にも恋人と呼ばれる間柄にあるのだから。

少しでも期待して携帯片手に待っていた自分が女々しいやら、相手が腹立たしいやらで榛名の機嫌は落ちていくばかりだった。


一方の高瀬はと言うと、24日の練習後に電話を掛けようと思っていたのだ。
大切な恋人の誕生日、忘れるはずがない。
会うことは出来なかったけれど、話すことで同じ時間を共有出来る。
学校が違う自分たちにとって、電話で話す時間はとても貴重なものだった。

しかし携帯片手にベッドに潜り込んでから朝まで記憶がない。
何故この大切な日に限って!と悔やみ続けるが、過ぎてしまった時間はどうやっても戻らないのだった。
更に25日、昨日の夜も同じ過ちを繰り返してしまった。

ありえない!

今朝起きてまず思ったこと…。
自分がされたらきっと凄く悲しい。
もし昨日とおとといの自分に会えるのなら、思いっきり殴ってやりたい!


1日遅れであれば、榛名も『おせーよ!』位で済んだかもしれない。
(プレゼントを奮発させられるくらいは覚悟済みだ)
しかし2日遅れ、言い訳のしようもない…。

ひょっとして榛名は誕生日とかのイベントにはこだわらないんじゃないか…、なんて甘い考えに浸ってみるが、その考えはすぐに打ち消される。
今日は朝から授業の合間をぬってメールやら電話やら何度もしているのだが、榛名から返ってくることはなかった。
流石にマズすぎるという事で、部活の後片付けもそこそこに学校を飛び出して武蔵野まで来たのだった。


案の定榛名は怒っていた。
いや、怒っているどころではない。
いつもなら大声で怒鳴られたり、睨みつけられる場面なのだが今日はなんと無視された。
今まで何度も喧嘩をしてきたがこんなことは初めてで、改めて高瀬は自分の仕出かした事の重大さを感じる。

そして、なんとか半ば無理やり榛名を連れ出し、こうして謝り続けているのである。

「ホントごめん!お願いだから機嫌直してくれよ…悪かったって…」

さっきから高瀬が謝るばかりで、榛名はほとんど言葉を発しない。
ここまで怒るということは、きっと誕生日を祝ってもらえると僅かでも期待していたに違いない。
鳴ることのない携帯をずっと傍らに置きながら待っていたのかと考えると、いじらしくてしょうがない。
そしてその分申し訳ない気持ちとあの時の愚かな自分に、思わず涙が滲んでくる。




「なんでオマエが泣くんだよ…」

そんな高瀬を榛名ははぁと息をはいて見つめた。
そりゃそうだ。
恋人に誕生日をスルーされて落ち込んでいるのは榛名のはずだ。
自分には泣く資格なんかない。



「だって…、せっかく榛名が生まれて来てくれた日なのに…、俺は…」


溢れ出そうになる涙をぐっとこらえる。

こんな不甲斐ない恋人なんて呆れられてしまったかもしれない。
きっと学校で、部活で沢山祝ってもらって…、もう自分なんて必要ないのかもしれない。


そう思うと堪えきれずに涙が頬を伝っていった。
自分が悪いのに泣いたりして、かっこ悪すぎる。
榛名が困るだけだと分かっているのに、嫌われると思うとどうしても涙を止めることが出来なかった。




ふと榛名が近寄ってくる気配を感じ、次の瞬間高瀬の頬に温かいものが触れた。


「おまえって、結構泣き虫だよな」


それはふわっと頬をなぞり、溢れる涙を拭われたのだと分かった。
思いもしなかった榛名の行動に、思わず高瀬は榛名を見上げる。


「なんか俺が泣かしてるみてーじゃん」


いや、俺が泣かしてるのかもしれないけどよ、とバツの悪そうな顔をしてみせた榛名に高瀬は焦る。


「違っ!俺が勝手に…俺が、悪いんだ…」


再びじわっと涙が滲んできてヤバイと思ったら、突然榛名の手が頭の上に置かれた。
まるで小さな子供をあやすように、いいこいいこと撫でられ思わず顔が紅くなる。


「あのさ、お前は謝りに来たわけ?祝いに来てくれたんじゃねーのかよ?」


そう言われて、高瀬はハッとする。
そういえばまだ榛名におめでとうと伝えていない。
謝ることに必死すぎて肝心なことを忘れていた。


(俺はホントに恋人失格だな…)


しかし榛名はまだ自分に祝うことを許してくれる。
まだチャンスを与えてくれる。



グイっと涙を拭い、ふぅと一息吐いて榛名に向き合う。




 遅れてしまった分も気持ちを込めて



 自分の想いが全てつたわりますように



 貴方が生まれてくれたこの世の喜びに








「元希!Happy birthday, all my love on your birthday!」







「!!」


チュっと音を立てて頬にキスをする。
みるみる紅く染まっていくそれにもう一度軽く触れた。


「おま、反則だろ…。キザすぎ!!」


カーっと紅く染まった頬を隠すように、榛名はプイっとソッポを向く。


「ちゃんと伝えたかったから」


そのチャンスをくれたのはお前だろう?


「〜〜〜恥ずかしいヤツ!」


「元希、愛してるよ」


「もういいから言うな!」







  貴方に愛を全て捧げます










「俺も、その…なんだ、ガキみたいに拗ねて悪かったな」
「俺のほうこそホントにゴメン」
「もういーって、その代わり俺がオマエの誕生日忘れても文句いうなよ?」
「え!?それとこれとは…、つーか俺は忘れた訳じゃない!」
「当日祝ってないなら結局一緒だろー」
「なんか榛名は本当に忘れてそうだよな…つーか俺の誕生日今言える?」
「え?冬だろ……」
「…何月何日?」
「2月……」

「なんだって?」
「っンだよ、今日は俺の誕生祝いだろ!プレゼントねーのかよプレゼント!」
「あ!はぐらかしたな!?」
「なんかよこせコラ――――!!!!」



end
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