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□笑顔の先に
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「あーアッチー!!」

5月も下旬に入り、ポカポカの春とは言い難くなってきた。
毎日気温が25度を超え、もうすっかり夏の陽気だ。
カバンに入っていたノートでバサバサと仰ぎながらタオルで汗を拭う。
力一杯仰いでいるためノートは折れ曲がり、もう本来の目的で使うのは難しいかもしれない。

「そんな暑い暑い連呼しないで下さい、余計に暑くなる」

「なんだよ、お前だって今言ったじゃねーか!」

部活が終わり、学校を出ると隆也が門の所で待っていた。
元希が予告なく西浦まで来たり、隆也を武蔵野まで呼び寄せたりするのは日常茶飯事なのだが、隆也が予告なく来るのは珍しい。
いや、珍しいというより初めてだ。

出会い頭の元希の第一声『おぁ?なんで居んだ?』は隆也の『来ちゃいけないんですか』によって掻き消された。
何をするでも話すでもなく、二人は他愛無い会話をしながら歩いていた。
来た目的を一向に話そうとしない隆也に、元希はどうしたものかとチラリと目線を向ける。
普段自分の行動で他人を振り回している自覚はあるが、こうやって相手の行動の意味を図りかねて悩むのは慣れていない。
ひょっとして何か仕出かしてしまったかと考えるが、怒ったり呆れている気配はない。
むしろどこか浮かれているような感じでそわそわしているように見える。
妙な居心地の悪さを感じながら元希はノートで仰ぎ続けた。




「どっか寄るか?それともこのままウチ来ンのか?」

家から学校の間にある少し大きな駅まで来て、二人は足を止めた。
ここを過ぎるともう家まではコンビニくらいしかない。
誰かと一緒に帰る時は大抵ここにあるファーストフードやファミレスに寄ったりするのだ。
もちろん隆也と一緒の時も例外ではない。

「じゃあそこのファーストフードにでも」

結局いつもの店のいつもの店内奥の席についた。
荷物をどかっと置いて席を取り、財布だけ手に持ちレジに向かう。

「今日は俺が出します。ただし500円まででお願いしますよ」

メニューを見ながら何を食べようか考えていると横から声をかけられた。
普段ならありえない申し出に元希は目を丸くする。
二人ともまだまだ小遣いを貰っている身であり、いつもは200円以内でどう収めるか悩む場面である。

「なんだお前、今日なんか変じゃね?」

それは校門で見かけた時からずっと思っていたこと。
ありえないことばかりが起こってる。
そう思い思わず隆也を凝視すると、バツが悪そうに目を逸らされた。

(あ、なんか今落ち込んだ?)

「いらないんならイイです。俺が食べるんで」

声のトーンが2段くらい落ちて、明らかに落ち込んでいるのが分かった。
えっ!?と慌てて元希は言葉を発した。

「いや、食べる、食べます。遠慮なく頂きます!」

これ以上落ち込まれるのもどうしていいのか分からないし、何より本人が奢りたいと言っているのだ。
ここは素直に頂いておくことにしよう。

(…調子狂うな……)



実は隆也が妙に親切にしてくれる心当たりがひとつだけある。
今日5月24日は元希の誕生日なのだ。
学校でも友人や先輩に祝われた所だった。
しかし今まで隆也と誕生日の話なんてしたことはないし、なにより中学卒業してからつい最近までずっと疎遠にしていたのだ。
それを証拠に元希は隆也の誕生日を知らない。
名誉のために言っておくと、決して忘れてしまった訳ではなく知らないのだ。
誕生日を祝ってくれるというのは考えづらい。


(でも他に理由なんて思いつかねーよな…)


席に着いて食べ初めてからも隆也はやっぱりそわそわと落ち着かない。
正直気になって食事どころではない。
グルグル悩んでいるのは性に合わないと、思い切って元希は隆也に聞いてみることにした。


「オマエ、今日は俺の誕生日祝いに来たのか?」




ぶーっ!


目の前で盛大に隆也がコーラを噴き出した。

「ぎゃっ!何すんだテメー」

かろうじて持っていたハンバーガーに被害はなかったものの、テーブルには隆也の噴き出したコーラが散乱している。
キタネーなと睨みつけようとして元希は言葉を失う。

「真っ赤……」

「俺は!俺は別に元希さんの誕生日が今日なんて知らないですよ。たまたま、シニアの時のプロフィール欄を見たりなんてしたけど誕生日なんてっ!」

言ってからハっと口元をおさえ俯く隆也。
墓穴を掘った自覚があるらしく、顔は湯気が出ているかのように見えるほど赤くなっている。
人の顔はこんなにも赤くなるのか、なんて考えながら元希はボーっと真っ赤になった隆也を眺めていた。

「つーか、シニアのプロフィールってなんだ?そんなのあったっけ?」

「………連絡網に、書いて…」

しぶしぶ隆也は答える。
連絡網なんて普段使わないし、そんなものとっくの昔に紛失している元希にはまったく覚えのない物だった。
まぁとにかく、隆也はその連絡網とやらで誕生日を知って祝いに来てくれたらしい。
ようやく今までの不可解な出来事を消化できた。
何故連絡もなしに待ってたのか、とか不明点も多々あるがそれは自分もよくやる事だ。
細かい突っ込みは止しておこう。




「なんだよー、だったらもっと早く言えよ。何事かと思ったじゃねーか」

ニヒヒっと笑いながら元希は食事を再開した。
思いがけない人物から祝われたこともあり、とても嬉しい。
そんな想いが滲み出て、さっきまでの怪訝な雰囲気とはうって変わってニコニコとハンバーガーを頬張っている。
その笑顔に隆也は喉元まで出かかっていた否定の言葉を飲み込んだ。

こんな元希の笑顔を見るようになったのはココ最近になってからだ。
シニアの時も笑うことはあっても、こんなに心から素直に笑っているのを見るのはほんとに稀だった気がする。
少しは心を許してくれたという事だろうか。





「お?ポテトいらねーんなら食うぞ〜」

「あ!元希さんには奢ってあげたじゃないスか!少ない俺の分まで食うなよ!」

「だって手ぇつけねーからいらないのかと思って」

「食います!」





いや、心を許し始めてるのは自分も同じかと隆也は思う。


ひょっとしたら自分はこの笑顔が見たいがために、今日はこんならしくない事をしでかしてるのかもしれない。


そしてこれからもきっとこの笑顔のために、らしくないことをし続けるのだろう。


そんな予感に隆也の心は高揚した。













「オマエも素直じゃねーよなぁ、で?プレゼントはこのハンバーガーか?」
「いや、一応コレも」
「ん?開けるぞ?」
「どうぞ」

「…………!?」
「あ、間違えた。コッチです」
「……マッサージ器…」

「同じ薬局で買ったのでつい(照)」
「オマエ、これから俺に何する気だ!!」



end
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