頂き物
□I love you. とは、まだ言えない
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「『月が綺麗ですね』と言われたら、君は何て答える?」
【I love you. とは、まだ言えない】
ぼんやりと見上げた窓の外には、見事な満月が輝いていて。
だからだろうか。
ふと、そんな台詞を思い出した。
何かの小説の一文だった様に思う。
タイトルも作者も覚えていない。
覚えているのは「この世界」に来る前に読んだという事と、この台詞。
そして、その台詞に対する「返し」だけだった。
「それが望んだ相手からの言葉なら、『私、死んでも良いわ』と返すわね。もしそうじゃなかったら、『それならその月を肴に、どなたかとお呑みになっては如何です?』ってトコロかな」
あらすじすら朧気になってしまった小説の中で、そのシーンだけは心に残っていた。
自分なら何て返すだろう。
そんな事を考えたりもした所為かもしれない。
(──恭ちゃんだったら、何て返すのかな…?)
自他共に認める「恋愛否定論者」たる彼は。
彼は博識だから、意味が通じないという事はまず無いだろうけれど。
「──どうかしたのか?」
物思いを断ち切ったのは、先程まで思い浮かべていた人の声だった。
一人窓辺に佇む自分を訝しんで、声を掛けてくれたらしい。
「んー…。ちょっとお月見、かな?」
「月見? ──ああ、今夜は満月だったか」
そう言って彼も同じ様に窓の外を眺めやる。
僅かに目を細めたその横顔を、美しいと、そう思う。
(──ボクが恭ちゃんに『月が綺麗ですね』と告げたら、どうなるのかな?)
彼はあの論理的な口調で、ばっさりと切って捨ててくれるんだろうか。
それとも、二人のこの曖昧な関係が、何か変化したりするんだろうか。
自分と彼。
互いの望みを叶える為に共に居る。
利害だけの関係では勿論ないし、想いは確かに存在する。
けれど、決して「恋人同士」と呼べる関係ではない。
──というか。
(ボクは恭ちゃんの事、好き、なのかな…?)
自分が彼に並々ならぬ執着を抱いているのは自覚している。
けれどそれが「恋情」なのか、ただの「依存」なのかが判然としない。
(我ながら最近、不安定だしなぁ)
もしかしたら誰かにすがり付きたいだけかもしれない。
その相手に最も身近な「彼」を選んだというだけで。
(あー…。また思考がネガティブに転んでるよ)
自分をコントロール出来ない今の状態には、正直嫌気が差している。
周りに心配は掛けたくないし、何より傷付けたくない。
自分を想ってくれているのなら、それに応えたいとも思う。
「彼」には尚更だ。
だから今のまま甘えているばかりでは、駄目なのだと思うけれど。
大切だと思う。
それは間違いない。
傷付いて欲しくない。
そんなの当たり前だ。
幸せになって欲しい。
誰より強く願っている。
けれど、その根底にあるのが何なのかが判らない。
──いっそ口に出してみれば、想いが名を持ったりするのだろうか。
「────恭ちゃん」
「何だ?」
「『月が綺麗ですね』」
「───ああ、そうだな……」
言わなければ良かったと、正直後悔した。
彼は聡い人だから、言葉の意味には気が付いているだろう。
それが自分の本心ではないという事にも。
全てに気が付いていながら、何も知らない振りをしてくれる。
「──っ」
何故だか不意に泣きたくなった。
想いの形はまだ見えない。
けれど。
彼の優しさが好きだと思う。
(──ごめんね。恭ちゃん)
今は甘える事しか出来ない。
I love you. とは、まだ言えない
それでも。
(──ボクは確かに、君が好きだよ)