NOVEL

□School Sailing]
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 匂いで人を判別するなんて獣か。いや、ケダモノではあるんだろうけど。
 トリュフを探す豚並みの嗅覚だな。
 大体、シュウとしての俺は一年間くらい新山には会ってなかったはず。
 一年前の匂いをおぼえてるのもすごいな。感心はする。尊敬はできないが。

 ぼんやりそんなことを考えていたら、新山の蹴りが襲い掛かってきた。
「おっ、と」
 腹のあたりを狙ったそれを腰を引いて避けて、すぐに体勢を立て直すと数歩分距離を取る。

「新山、『シュウ』がここにいるかもと思ってこの学園に来たんだよな?俺にいったい何の用があるんだ?そんなに喧嘩がしたかったのか?」

 喧嘩が強い奴なら他にもいるだろうに。
 わざわざこの学園に入り込んでまで追いかけてくる理由がわからない。

 新山は少し眉を寄せて俺を睨むように見た。

「一年前、急にいなくなっただろう。探し回ってもどこにもいないし、噂で日本にはいないって聞いた。もう会えないかもしれないと思っていた……」

 なんだか静かな声音でそんなことを言い出した新山に「お前がウザかったのが海外逃亡の原因の一つなんだけどね」と思ったけど、妙に新山が殊勝な顔をしてるから言わなかった。
 ちょっとだけ目を伏せて低い声で語る新山は、一年前とはまるで別人のような憂いを帯びた顔をしている。以前の新山は見境ない狂犬って感じだったから、急にこんなにしおらしくされると対応に困るんだけど…。
 もしかして、一年の間に新山も多少大人になったってことか?

「前からシュウは他の奴らとは違ってた。ほとんどの奴は簡単に潰せたけど、シュウは俺より強くて、それに綺麗だった」

「……はい?」

 今、この人、綺麗だったとか言いましたね。言いましたよね。
 顔面狙ってぐーパンチとか普通にやってたくせによく言うな、こいつ。まあ、避けてたけど。
 思わず、ぽかーんとしてしまいましたよ。
 ぽかーんと。
 そんなこと新山の口から聞くとは思ってなかったから。

 それが悪かった。

 それほど力に差がない相手とやる時は、ちょっとの油断が命取りだ。
 そう、今の俺のように。
 
 新山の発言に驚いて固まった俺に滑るような足捌きで素早く近寄った新山は、俺の腕を掴んで勢いよく地面に引き倒した。
「ぐっ」
 咄嗟に受身をとったとはいえ、やはり衝撃はある。
 しかも跳ね起きようとしたところを胸の辺りを肘で押さえこまれ、ケホッと咳が洩れた。

「久しぶりに、こんなに近くで見る……。ちゃんとしたシュウの顔だ……」
 
 まあ、この前は変なメガネとボサ前髪で顔はあんまり見えなかっただろう。
 青のカラコン入れてないから、本当はシュウの顔っていうよりは葉山柊の顔なんだけど。

 体重をかけて上から押さえ込まれると、ウエイトで負けてる俺は跳ね除けることができない。ちなみに腕力も向こうが多少上だ。
 俺が勝ってるところっていったら素早さとか身軽さ、技のキレ。そのあたりか。
 押さえ込まれていては役に立たないものばかりだな。
 
 俺に跨った新山は、じっと俺の顔を凝視している。
 何だか微妙に熱のこもったその瞳。
 新山は人をいたぶるのが趣味のような奴だったけど、楽しそうに人を殴っている時にもこんなふうに熱を感じさせる目はしていなかった。
 狂気はあるのに、どこか冷めた目をしていた。
 
「……シュウがいなくなって、この一年間、もう二度と会えないかもしれないと思うとたまらなかった。どれだけ人を殴っても気が晴れなかった」

 殴られたうえに「気が晴れなかった」なんて言われてる被害者が心底気の毒だ。
 まあ、気が晴れたと言われても嬉しくはないだろうけど。

「好きだ、シュウ」

「…………は?」

「ずっと、どうしてシュウが気になるのかわからなかった。どうしてシュウが他の奴らと一緒にいるとムカつくのか。シュウの周りの奴を殴りたくなるのか。どうしてシュウを探し回ってしまうのか。負けたからやり返したいのかと思ってたけど、いなくなってわかった。俺は、シュウが好きだったんだ」

 ……血の色緑な人非人が何かケッタイなことを言い出しました。
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