シュ

□愛の為にグランギニョルを。
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此処に来てどれだけの時間が経ったのか。音の無い部屋で考えた。
何か音があれば思考が冴えているうちに感覚を掴めるのに、かなりの時間音も光もない環境に居たせいで頭が麻痺しているのか。今はそんなことより暇だった。
大体、連れて来ておいて放置。かなり無礼というか、おかしい。まぁチェス相手に正常を求める訳ではないが、用がないなら返して欲しいと半分当初の目的を忘れがちに思った。吊られる形で膝立ち状態だし、かなり腕に負担が掛かる。正直辛い。一刻もはやく座るか何かしたいと切実に思う。手首も相当な事になってるだろうから。

カツン。

突然、何かの音がした。固いものをぶつけたような、擦ったような。それは正面にある扉の向こうから、確かに音がしたのだ。
ガチャガチャとしばらく弄る音が響き、不意に扉の隙間から一筋の光が射した。重そうな鉄の扉が意図も簡単に、確かに開いたのだ。
瞬間、体が強張る。怖い。扉の向こうの魔力の存在に怯える。

「ナーナシ。」

隙間から顔を覗かせたのはファントムだった。邪悪な魔力と不気味な笑顔を携えて。笑顔と言っても仮面を被っているので口元の歪みだけの偏見。しかしコレを普通な歪みに見える方が異様なほど確かに何かに対して笑っている様に見える。
ソレが温い声色で自分の名前を呼ぶ何とも言い難い感覚。肌が声に反応して粟立った。

「ファン、トム?」
「あぁ僕の事知ってたの?」

小さく呟いた名前にファントムは不思議そうな顔をした。といっても口元だけの表情。微かに声も変わる。面白い物を見つけたというように心底楽しそうな。
ファントムという存在を深く知る訳ではない。が過去アルちゃんと何かあったということだけ、それも何が、という事は追求していない。アルちゃんはソレを話そううとはしなかったし、自分もあえて聞く必要はないと思ったのだ。
あとはウォーゲームで一回見ただけの殆ど何も知らない状態だ。それでもチェスの司令塔でありNo.1なのだからファントムがどれほど危険か位は分かっているつもりで。ユッタリとした足取りで近づいてくるファントムを睨みあげた。あまり効果がないこと位は分かっているが、なにもしない訳にはいかない。
此処は敵のアジト。ましては今自分は捕われの身。コレ以上ない悪状況をどうにかして回避しなければいけない。それなのにファントムは知ってか知らずか近くなり、あまり広くない部屋でもうあと二、三歩の距離。
一歩、背中を壁に押し付けて。
二歩、鎖が揺れ鈍い音を奏でた。
そこでファントムは手を伸ばせば届く距離に居た。

「っ…。」

キュッと目をつぶる。ソレが今の精一杯の否定で、掠れて出てこない言葉で呪った。死ぬということに恐怖や、生きるということに未練がないと言えば嘘になるがコレは避けられない必然的なものだと思った。動けない自分はこのまま首を締められて死んでしまうのか。喉を掻き切られ、森の中に捨てられる自分の残死体は意図も簡単に想像できる。

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