novel

□愛の力を思い知れ!
1ページ/1ページ

屋敷の主である彼が帰ったという報せは、女中を通してすぐさま少女に伝えられた。


「クロコ!お帰りっ!」


ばたん、と彼―――クロコダイルの執務室兼私室の扉を豪快に開く。部屋の奥、窓を背にした椅子に彼女の待ち人は腰掛けていた。
まるでずっと其処に居たかのように、いつもの不遜な態度で。

だだだ、と部屋を駆け、デスクに乗らんばかりの勢いで体を乗り出した。
しかし、クロコダイルは手元の資料から目を上げることさえせず、それを一枚捲っただけにとどめる。


「ねぇクロコ!あたし、ちゃんとお留守番してたよ、偉いでしょっ」


褒めて、と彼の顔を覗き込んで首を傾げるがクロコダイルは沈黙を守ったまま、愛用の万年筆を取り出すと、さらさらと記し始める。やがて筆記を終えると書類を伏せた。


「資料のまとめ終わった?一緒にお茶しようよー」


それが終わるのをジッと待っていた少女は、構ってくれとクロコダイルの手を引く。


「あたし、コーヒー上手に淹れられるようになったんだよ、淹れてくるね!」
「いらねぇ」


帰ってから初めて交わす会話としては酷いものだが、少女は全く動じることなく軌道修正をかける。


「クロコおなか空いてない?サンドイッチならすぐ作って来れるよ!」
「クロックムッシュなら食ってやってもいい」
「クロ?何それ、作るの難しい?あたしに作れるかな?」
「作れないのか、それなら要らねぇ」

「クロコが食べたいなら頑張って作ってくる、コックさんなら作り方知ってるよね!」


だっ、と来た時と同じように全力で駆けていく少女の背を一瞥し、クロコダイルは別の書類を取り出した。
一通り処理を終え、クロコダイルはデスクから革張りのソファへと移動すると体を沈ませる。
暫く自宅から離れていたため、思った以上に体は疲労していたらしい。

別に家が恋しくなる年齢でも無いし、女々しい感情など持ちあわせていないが、それでも拠点としているこの部屋に居ると安堵する自分が居た。


(うるせぇのが、居るってのに)


連れてきて、住まわせてやっているのは確かに自分な訳だし。
それを後悔していることは全くない…のだが、クロコダイルの帰宅を知るや否やそれが何時であろうが飛びついて来て、あれやこれやと訊ね、せがむのは面倒くさいと思わせるには十分だった。


(…躾が必要のようだな)


にやり、とクロコダイルが口許を引き上げた時、廊下を渡る足音が聞こえた。次いで扉が大きく開かれ、クロコダイルの許に香ばしい香りが漂ってきた。


「クロコ!出来たよ、クロコムッシュ!」


クロックムッシュだ、と突っ込みが喉まで出かかって何とか堪え、舌打ちを一つ。
少女は気にすることなく、大きな皿に山盛り作ってきたホットサンドをソファの前にあるテーブルに置く。

そして同じくトレンチに乗せていた飲みものをテーブルに移動させると、にっこりと笑って見せた。


「どうぞ!召し上がれっ」


さぁさぁ食べろ!と顔で語る少女に、クロコダイルは一際大きな息を吐いて、それをひとつ手に取った。
本当に自分で作ったらしいホットサンドは温かく、口に運ぶ前から、ふわりと美味しそうな香りが届いた。


「おいしい?クロコ、おいしい?」
「胡椒が多い」
「スパイシーでしょ?」
「…」


改善を求めるクロコダイルの発言は、スパイシーの単語で強制終了させられた。俺の為に作ったんなら俺の云う事を確り聞け、と云ってやりたいところだが、少女の躾をどのようにしていくか考えているところだったので、取りあえず沈黙だけで応えることにした。


「ふふ、クロコだー…」


ごくり、とコーヒーで流し込んだクロコダイルの姿に少女は満足げに笑う。安堵したような柔らかい笑みの奥に、薄らと寂しさを感じる――そんな表情だった。
それを一瞥したクロコダイルは、徐に彼女に片手を差し出した。


「…え?」
「葉巻」
「っはい!」


慌てて戸棚から葉巻の箱を取り出すと、そのうちの一本をクロコダイルに渡し―――ポケットに持っていたジッポで火を点した。

クロコダイルはその一連の動作を見つめながら、火の点った葉巻を強く吸い、体内に運ばれた煙を彼女の顔に吹きかけた。
途端、少女は大きく噎せこみ、涙目になってクロコダイルを見上げる。


「シケた顔するんじゃねぇ」
「ご、ごめんなさい…」


けふけふ、とクシャミに近い咳を零していた少女は、眉を下げながらも、なんとか笑みを浮かべなおした。

その時、階下で涼やかなドアベルが鳴る。
微かに耳に届いた程度だったが、その音はクロコダイルと同時期に出かけていたミスオールサンデーが戻ってきたことを告げていた。

パチパチと目を瞬かせた後、少女は「ロビンだ!」と一声上げると、踵を返していた。
部屋の扉を開け放ち、飛び出していく――バタバタと戻ってきた少女は、ドアから顔のみをひょこりと出した。


「クロコ、早く帰ってきてくれてありがとうっ……だーいすき!」


一言告げて再び駆けだした少女。
扉の先を思わず凝視したクロコダイルは、眉間に手を当てて、大きくため息を吐いた。







*企画サイト「絶対振り向かせてみせる!」様 提出作品
*クロコ←←←主、くらいの気持ちの矢印でした。楽しかったです!ありがとうございました*
*原作の設定無視しててすみませ…!

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ