短編

□君は帰る場所でいて
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また、彼は怪我をして帰ってきた。




「アレン…アレン」


ベッドの上に転がっている彼に優しく声を掛けると、アレンは唸るように小さく声を上げて近くの枕を引き寄せた。そうか、任務の帰りだもの。疲れているよね。

彼のさらりとした雪を思わせる白い髪をそっと退ける。そこには痛々しい生傷と包帯が巻かれていた。はみ出るように存在を主張したペンタクルは、昔育ての親に受けた呪いだと聞いたことがある。
ペンタクルの見た目はいつもと違い、アレンの心の不安定さを表すかのように歪んでいた。

若干15歳の少年にこんなに重い使命を背負わせるだなんて、神様は何て不公平なんだろうか?


「…アレンの背負っているものを半分こ出来たらいいのに」


無理だと分かっているが、それでも何かしたかった。私はエクソシストでも何でも無い。只の食堂のお手伝いだ。
今は皆が、アレンがこうして無事で帰ってきてくれるだけで…
無力な自分が凄く憎らしくて、涙が頬を伝った。泣いちゃ駄目だ。悲しいのは皆同じ。それにもっと苦しくて辛いのはアレンではないか。
泣いてはいけない、そう涙を抑えようとすればするほど涙が止まらなくなる。


「…う…ふっ…ひっく」


ぽたぽたと涙がシーツに落ちて小さな染みを作った。
アレンの人とは見た目が違う左手、けれど誰よりも優しく暖かい左手を優しく握ると、きゅっと力が入るのが分かった。
ゆっくりと起き上がるアレンに、起こしてしまったと申し訳なくなる。

そして気付いたこの状況、号泣している名前にアレンは不思議に思うだろう。
どうしよう。明らかに戸惑っている様子の彼女の頭を、アレンは優しく撫でた後近くの棚に入っていたハンカチを取り出してぽんぽんと当てるように涙を拭き取った。


「名前、大丈夫?」
「う、ん…っく」
「どうしたんですか?…大丈夫、僕はここにいるよ」


そういってアレンは彼女の震える身体を抱き締めてあやすように今度は背中をぽんぽんと叩いた。この怪我で名前を不安にさせてしまったのだろうか。暫く抱き締めていると、しゃっくりの弱まってきた名前は小さく「ごめんね」と呟いた。
これくらい当たり前ですよと言えば、彼女は「力になれなくてごめん」とさらに消え入りそうな声でそう呟いた。

その言葉にアレンのあやす手も止まり、彼女の真っ赤に充血した目と自分の目を合わせた。


「どうしてそんなことを?」
「…私は何も出来ない。アレンの力にもなれない、教団の力にもなれない。ただただ皆が無事に帰ってきますようにって祈ることしか出来ない」
「…名前」
「私はただの役たたっ」
「違いますよ!」


アレンは自分よりも遥かに脆い肩をしっかりと掴んで名前を見据えた。彼女は驚いたかのように口を小さく開けて固まっている。


「貴女は役立たず何かじゃない。皆言ってますよ、名前が来てから食堂が更に明るくなったって。
リナリーは貴女に会うのを毎回楽しみにしています。ラビと神田だって…まああいつらはいいや。コムイさんだって働き者だって言ってましたし。…それに僕だって貴女がいるから頑張れるんですよ。目の前の泣き虫をこれ以上泣かせるわけにはいきませんからね」


そう言って優しく笑ったアレンに、更に名前から涙が溢れて止まらなくなった。ありがとうという声が鼻声で鼻濁音だらけだ。
慌ててハンカチを差し出すアレンを他所に、金色の通信ゴーレムであるティムキャンピーを通して通信が入る。


『あ、アレン君かい?ごめんね、次の任務のことで』
「はあ…分かりました。今いきます。まったくコムイさんも空気が読めない人ですね」
『ん?』
「いや、こっちのセリフです。それでは」


そう言って通信を終えたアレンの顔をじっと見る。また任務…か。
いつか帰ってこなくなるのではないかといつも怖くなる。考えたくもないが、嫌でもこういう環境にいると考えてしまうのだ。


「ねえアレン、任務?」
「うん。でも直ぐに帰ってくるよ」

「私もファインダーになれば役に立てるのかな」
「名前、それ本気ですか?」
「割りと」


そう言った瞬間、額にでこぴんを食らった。
い、痛い…


「名前」
「はい…」

「君だけは僕の帰る場所でいてください。君がいるなら、僕は必ず帰ってくる」


約束するよ。そう言ってアレンはでこぴんをした場所に静かに唇を一つ落として立ち上がった。


「アレン!」
「?」

「いってらっしゃい!」
「いってきます!」



彼女の泣き顔は見たくないから
僕は"ただいま"を言いに、ホームへ

彼女の元に、必ず帰ってくる

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